2017/06/16 07:58

これは自分の話と違いまっせ。

昔の年寄りから聞いた話やがな・・・。

輪島塗りの弟子と言うのは基本が親方の家に住み込みで働くのが普通やったから、まあその扱いはゴミみたいなもんやった。

そんでもって輪島塗りは工程が細かく分かれとって、一番最初は「下地」と言う、儲からんし地味な仕事から入るんやが、朝は4時から夜は7時頃まで職人や親方に使われて時間のないのが普通や。

 

でもそれでも皆若いし遊びたい。

ちょうど漆器は塗りと、それを研いできれいにする仕事が別れとって、研ぐ方の仕事は女の仕事やったもんやから、自分と同じように百姓家から研ぎの弟子に来ているのは若い娘が多く、若い男の弟子はそんな娘をうまい具合に引っ掛けて仲良くなったもんや。

 

或る塗師屋(これは漆器を作っている工場のことやが)の弟子も、その祭の日の夜、うまい具合に娘を口説き、仕事が終わって誰もいなくなった工場で、二人でエエ事をしとったが、悪いことはできんもんや。

そこへ前日に塗り上げたお椀100個ほどの仕上がり具合を、何と祭の行事が終わった夜中に、親方が見に来る足音、木の階段を上がって来る音が聞こえてきた。

 

慌てて娘に服を着せ、自分も服を来た弟子だったが、修行の身で女と寝ている事がわかると怒られる。

娘をどこかに隠さなければいけないと考え、近くの漆器を乾燥させる「室」(これは木で出来ていて、そこへ湿度を加えて乾燥させる、2m四方の引き戸がついた箱状の囲み棚のこと)へ娘を押し込んだ。

 

酒の勢いで足音が少し怪しい親方、しかしやがて工場の塗り部屋の戸を開けると、中にいた弟子に話しかける。

「おお、こんな時間まで仕事しとったんかい」

「へえ、湿め変え(手ぬぐいを水で濡らし、それで室の内部を拭いて湿度を加えること)が遅ーなってしもーて」

「そーかー」

親方はおもむろに近くの室の戸を開けようと手をかけた。

 

「マズイ、そこには服を半分着かけの娘が入っている。

慌てた弟子はとっさに「親方、そこにはあおのきもんが入ってとります」と口走る。

「あおのきもん」とは、通常輪島塗の漆が乾いて、少なくともゴミがかかってくっつかなくなるまでに、1日から2日かかることから、面積が広いお盆などの平面を塗った場合、その期間は室の戸を開けられない状態に漆器があることを言い、この場合不用意に室の戸を開けると塗りたての漆器にゴミがかかることから、「あおのきもんが入っている」と言う事は、「室の戸を開けるな」と言う意味で、これを聞けば通常は親方と言えど、室の戸を開けてはならないことになっている。

 

が、しかしそれを聞いた親方、祭りで少々酒も入っていたことから、「あおのきもんが入っている」と言う弟子の言葉を聴いて、「おお、分かった」と言いながらも戸を開けてしまう。

これに慌てたのは弟子もさることながら、室の中にいた娘で、思わず室の戸が開いた瞬間、親方としっかり見つめ合った状態になってしまった。

 

「ヤバイ・・・」半ば逃げ腰になっている弟子だった。

だがしかし親方は「おお、これはたしかにあおのきもんが入っとる」[

ゴミがかからんようにせにゃならんぞ」と言うと、何事もなかったように室の戸をしめ、弟子の方へ顔を向けるとニヤっと笑って、また仕事場の階段を降りていった。

 

ちなみに「あおのきもん」とはその状態が男女が事に及んでいるとき、男を迎え入れる女の姿にも同じ事から、「あおのきもん」と言う言葉は、輪島では「女」を指す場合も有った。

また「ゴミをかけないように・・・・」とは「他の男に取られないようにな・・・」と言う意味である。


文責 浅 田  正 (詳細は本サイトABOUT記載概要を参照)