2017/12/15 08:04

輪島塗の基本である下地付けに最も近いものは左官職人の壁塗りになるが、輪島塗の場合は立面では無い事、塗る面積が左官職人の領域ほど広くない事から、下地材を押さえる道具はコテではなくヘラになり、このヘラは30cm未満の三角形の薄い板になり、しかもヘラの先から後ろに漆が流れていくように撫でて、これを連続して仕上げる。

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従ってヘラを削る場合はヘラ先を少し厚めに削り、ヘラの後ろ(輪島塗では尻手・しりてと呼ぶが)は少し薄めに削る事が基本になり、尚且つヘラに自分の手の角度を合わせた傾斜角度を持たせる必要が出てくる。
この為、ヘラを削る刀は基本的には平面を下に向かって傾斜させて削り、更にヘラ先の角度形成にも対応する必要が出てくる。

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輪島塗の塗師小刀に付いては、こうした経緯からその刃先の形は職人によって千差万別、それぞれの形が出てくる事になる。
例えば輪島漆芸技術研修所などでは総体で6cmの刃を付け、その80%が直線で、残りの2割で先の方を小さく丸くした形の小刀が指導されているが、実際の職人の小刀はこれとは異なる。

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ちょうど学校で教育された事がそのまま社会に通用する訳では無い事と同じように、リアルな仕事の現場で使われる塗師小刀は全てが緩やかな曲線で出来ていて、この事は年代によっても、或いは仕事の質によっても違う。
明治の職人の小刀の形は直径22cmの円外周を5cmから6cm切り取った形、月の一部の曲線を切り取った形をしていたが、これが昭和の職人では漆芸技術研修所が指導している形になって行く。
その背景には局面形状の刀研ぎの難しさが有り、これを避けようとするなら塗師小刀の刃先は直線部分が多くならざるを得ないのである。

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だが剃刀を使って髭を剃る時、その角度が直角だと切れ味が難しくなるのと同じように、平面に傾斜角度を付けるには刀が直線だと抵抗が多く、繊細な調整をすることが出来ない。
この事から塗師小刀の形状は円の一部を切り取った形の方が理想になり、しかもヘラを削る為に使うので基本的には総体で5cmの長さが先に有れば充分となる。

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長いもので刀身が20cmを超える塗師小型はその刃先6cmを使うのであり、そこからは下は刃先を付けない、専門用語で言うなら刃先を殺しておかねばならず、この上から中塗りと言って、上塗りの前に塗る液体漆を塗って錆を止めて措くのである。

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ちなみに塗師小刀は下地職人の場合はヘラを削る時のみに使い、上塗り職人の場合は刷毛を削り出す時のみに使うのであり、素地調整などに使う小刀は「切り出し小刀」と言って刀に柄の付かない20cm前後の小刀を使うのが正しく、椀や茶托などの曳きものには中心付近に突起が残る素地が多くなる事から、これを削る時に使う道具は「床鉋(とこがんな)」や「「内鉋(うちがんな)と言うものである。

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また「漆かき」(漆を採取する仕事の人)が漆の木に傷をつけ、その樹液を集める際に使う小刀も「塗師刀」と呼ぶ場合があるが、この場合の塗師刀は小さな鉈(なた)のような形状となっている。

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日本刀の刃先が鋭く斜めに傾斜が付いているのは刺す事に配慮されているからだが、塗師小刀は人を殺す刀ではなく、自身も人も生きる為の刀である。
それゆえ刺す事より「ずらし」と言って木へらの上を刀がずれて行って木が削れる事をその本旨としている。

月の曲面7分の1の曲線、私はこれを塗師小刀の刀形の理想としている。


文責 浅 田  正 (詳細は本サイトABOUT記載概要を参照)