2017/12/17 10:20

塗師小刀(塗師刀)に限らず、刃物はその鍛えと同じように研ぐ技量によって生きもすれば死にもする。

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塗師小刀の場合、裏が微妙に凹面になっていて、これを砥石で摺り合わせて刃先に2mmから3mm幅の平面部分を削り出す事から始める。

だがこの際注意しなければなら無いのは「研ぎ過ぎ」で有り、裏の凹面の大部分を平面にしてしまうと、次に裏を研いで刃を付ける時に大変な苦労をしながら、切れ味は微妙に悪くなる。

「この場合は過ぎたるは及ばざるが如し」と言う生易しいものではなく、一度の失敗がその刀を使い続ける限り不都合になってしまうのである。

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そして表は刀の厚みに対して刃先に向かって傾斜をつけて研ぐが、この時も研ぎ傾斜を大きく付ける(刃先を鋭角にする)と結果として刃先が薄くなり、切れ味は良いが刃こぼれし易くなり、この傾斜が浅い(鈍角にする)と切れ味は悪くなる代わりに刃こぼれが少なくなる。

この傾斜角度は人によって違う。

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男女や力の有無、刀の質、それにどんな仕事をしているかによっても変化し、一定の決まりは無いが、塗師小刀の厚みに対して表刃の幅が1cmくらいだろうか、これを基準に「自分の幅」を見つけ無ければならず、刀には柔らかい刀と硬い刀が有り、これは雰囲気として湿っている切れ味と乾燥しているような切れ味の差となって現れる。

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柔らかい刃「粘性刃」は比較的薄くしても刃こぼれは起きないが、硬質刃「乾性刃」は薄くすると刃こぼれが起き易くなり、切れ味の評価はその職人によって違うし、どちらかに優劣が有るものでは無い。

ちょうどマニュアルカメラの露出調整がフィルム感度、レンズの絞り、それにシャッター速度の3つで調整できてバランスが取れるのと同じように、塗師小刀も刃物と職人、それに仕事に応じて調整するのがその正しい在り様に思う。

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また刃先の形状は前記事の「丹波」の話にも出てきたように、本来は直線のものに緩やかな曲線形を作ってやらねばならないが、これは一朝一夕で出来る事ではなく、ある程度まで曲線への道を付けたら今度は仕事をしながら、その中で何年もかけて自分の曲線を作って行くのであり、またこうして数年後に自分の理想とする刃の形が出来たとしても、少し油断しているとその形はすぐに崩れて行き、理想とする刃の形は中々維持が難しいものでも有る。

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傾斜角度が丸くなってしまっては切れ味が悪くなる事から、これは直線でなければならず、この直線を維持しながら曲線形の刃形を形成する場合、イメージとして自動車レースの多角形ドリフト、或いは多面体を頭に描きながら研ぎ、その上で円が極限角度の集積で構成されている事を思うと良いかも知れない。

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塗師小刀は柄を差したらまず上塗り前の「中塗り」と言う液体漆を塗り、一番最初に裏に細い平面部分を付ける事から始まるが、その後は常に表から研いで刃先が薄くなって0・1mmほど裏に折り返ったら、これを裏から研いで仕上げるのが普通であり、この際も表を研ぎすぎて先が薄くなって行く部分(かえり刃と言う)が多くなると、裏を研いだときに刃こぼれが出る確率が高くなるゆえ、かえり刃は出来るだけ小さく研ぐのが良い。

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そして良い刃物は良い砥石を求めるものであり、また高い平面性が無いと刃物は綺麗に研ぎ上がらない。

この為、塗師小刀を研ぐときは、まず砥石を平面性の有るコンクリート面などで研ぎ合わせるが、この時も砥石をいきなりコンクリート面などに当てると砥石の角が欠ける事から、先に砥石の角を研磨してから研ぎ合わせる注意力が必要になる。

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「下で妥協したものは最後まで挽回は出来ない」

私の師匠はこの事をいつも言っていた・・・。


文責 浅 田  正 (詳細は本サイトABOUT記載概要を参照)