「角の概念」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2017/12/27 08:03



輪島塗の世界にはこんな言葉がる。

「鼻をかみすぎて血が出るような仕事」

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これは基本的には「過ぎたるは及ばざるが如し」だが、もう一つには仕事に呑まれて自分を見失う事を戒めたものかも知れない。

例えば吟味した「五段重」を作るとき、その内側の隅を余りにも厳しく攻め過ぎると研磨砥石が届かなくなり、仕上がったときに隅がギザギザになって見えたり、もし砥石が届いたとしても、上塗り漆の浸透圧で隅が周囲より厚くなり「ちぢれ」てしまう事になる。

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更に冷静に考えるなら自分がそれを使って洗う時、隅が深くなっていたら綺麗に洗えない事を忘れてはならず、こうした事から「お重」の下地では一番最後の下地工程で「隅を殺す」と言って、少しだけ木ヘラの先を切り落として漆を付け、隅をなだらかにするのが正しい在り様になる。

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同じように四角い器物の角も、唯剣先のように鋭く仕上げたのでは手に持ったとき漆が塗られている柔らかさを感じられなくなり、どこかで禍々しい感じに見えてしまう。

それゆえこれは隅の概念も同じだが、角をなだらかに落とし、尚且つそれが綺麗な直線に見える研磨技術が必要とされる。

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角の落とし方はまず90度の角の真ん中を左右の角度が同じになるように大きく落とし、次にその落とした角の両端の2面を最初の落とし方の半分ほどの深さで落とす。つまり角はこれで細い3面によって構成される事になるが、こうして出来た3面の角は4つになり、この4つの角を更に3面にした時の角の落とし方の半分の深さで落とす。

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この段階で当初90度だった角は6面、角は8つになり、見た目には殆ど円が4分割された状態の多面構成になるが、人間が見る角とは光の反射光で有り、この点で角の概念とはその直線の正確性と言う事が出来る。

どんなに大きく角が落とされていても、そこで平面と平行する直線性に歪みが無ければ光は綺麗な直線で反射し、しかも多面線でこれを研磨して有ると、どの位置から見ても8つの角のどこかの頂点が視覚に捉えられる事から、綺麗な角に見えながら、持って見ると滑らかな器物になる訳である。

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そしてどんな仕事もその基礎が不安定ではどこまで行っても不安定な事になるゆえ、こうした角の構成の仕方は、素地研磨の時から頭にイメージしながら、研磨して置くことが肝要になる。

人が感動する、或いは心を奪われるものとは唯見た目の造形の奇抜さだけに有るのではなく、僅か一辺の角にも美しさは存在し、そこを疎かにしてはならない。

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また安易に物理的概念で角を考えるなら、角を構成する両面を正確に研ぎだして行けば、剣先のように鋭いものになると考えるかも知れないが、どんなに鋭い切れ味のもので切断しても、その切断面の角はミクロ的にはギザギザのものであり、これに直線性を与えるものは如何なる場合も研磨でしか有り得ず、これは金属加工でも同じ事かも知れない。

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基本的に研磨は切断の一種なのである。


文責 浅 田  正 (詳細は本サイトABOUT記載概要を参照)