「放物線の交わり」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2017/12/28 07:06


一般的な漆器のデザイン、特に「形」は陶器の形を踏襲、言い換えれば模倣して行く傾向に有るが、この原因は製作にかかる時間の差と、それを一つの様式や美と認める「権威」が陶器を先に認証して行った歴史的背景に拠る。

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漆器の器の製作期間は素地を含めると最低でも4ヶ月近くかかるが、陶器の製作期間は早ければ1週間ほどで可能な事から原型の試作が起こし易く、またこうした新しい意匠を認める日本の文化的権威、例えば「茶道」などは、器物の表面強度の都合から、どちらかと言えば陶器を主にして行った傾向が存在した為、こうした背景から漆器は「様子を見て」流行していく陶器の形を模倣する傾向が出来上がって行ったのである。

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そして陶器の器と漆器の器の違いは、その質感や手触り、或いは重さもそうだが、決定的な差異は「熱伝導率」の差であり、漆器の器は熱伝導率が極めて低い。

為に、熱い汁物などを入れた場合、陶器の器は持つと熱さが手に伝わるが、漆器は汁物の熱さが手に伝わりにくい。

これは漆器の素地が被子植物を用いているからであり、被子植物の中を細かく通っている「導管」、「道管」の表記も間違いではないが、これが空気を内包していて熱さを絶縁する効果を及ぼしている。

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それゆえ漆器製作者はこうした被子植物の素地の導管に漆で蓋をする概念で漆を塗る事になるが、ここで完全に蓋をすると熱に拠る気温等の温度差に拠って蓋が強力だと素地の歪みを起こし易い。

導管に対する漆の蓋は完全で有ろうとすると、後に素地そのものが大きく影響を受ける。

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それゆえこの導管に対する蓋は「ある程度」と言う形が理想形になるので有り、ここで一番初期の段階から強力な蓋、生漆などの素地固めを行うと、弊害が発生し易くなる事から、一番最初に塗る漆は次に塗る漆強度よりは弱い強度のものとするのが、全体の仕上がりバランスを安定させる。

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漆器の液体浸透抵抗率は水ならば600日程、菜種油では200日程を理想とし、つまりは漆器の椀に水を入れれば2年ほどで裏に水が滲む程度、菜種油なら半年ほどで入れた油が裏に滲む状態を標準とする。

特に何年経過しても菜種油が裏に滲んで来ない場合、それは天然木、天然漆以外のものが使われている可能性が高くなる。

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またこのように被子植物を素地とする為、陶器の形成厚みは全体にほぼ均一性が出るが、漆器のそれは素地強度の点から上は薄いが下は厚い状態になり、これは割れを防ぐ為に底の方を厚くするしかないので有り、一方重心が低い位置に来る為に軽い割には転倒を防ぐ効果も有る訳である。

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椀を例に取ったのでついでだが、陶器と違って漆器の椀は底の方が素地の厚みが大きい為、基本的な形は反比例の逆放物線が2本で形成されていると思った方が良い。

外側の逆放物線と、そこへ少し開いた逆放物線が交わるイメージであり、この事を考えるなら漆器の上縁はまっすぐ上に延長線を持たない。

必ず外側に倒れた延長線上の角度を持つ事になる。

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更に椀などは液体を入れる事をまず本旨するなら、その上縁は広葉樹の葉の先を考えると良い。

丁度朝露が落ちる瞬間に鑑みるなら、その切っ先は薄く鋭く、しかも口に当って滑らかで液体が道を違えずに傾斜した角度を流れる事を理想とするが、この形は上縁の薄い「端反」(はぞり)であり、理想は古い瀬戸焼きなどから発しているものと推察される。

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ちなみに椀には2種の使用上の違った概念の流れが有り、一つはこれまで説明したような液体の流れの滑らかさに重点が置かれた思想、もう一方は「簡易椀」と言って、例えば木こりが自身で製作して使用していた外で使う椀である。

これらは同じ椀で有りながら、その思想は全く異なり、外で使う椀は滑らかさよりも強度である事から、分厚くそして素朴で椀の立ち上がり傾斜も急である。

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これは勢いよく汁物を飲む為で、対して滑らかな液体の動きを主とする椀は、ゆっくり汁を飲む事が前提、動きを少なくする事を理想とする事から、椀の立ち上がり傾斜は余り大きく傾けなくても底に溜まった分まで汁が飲めるように、傾斜角度は少し開き気味にする必要が出てくるのである。

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高級な椀を製作している者はどうしても自身の仕事を一番と考え、為に外で使う椀、「合鹿椀」(ごうろくわん)や「木曽椀」(きそわん)を下に見がちだが、これらは基本的に用途、言い換えれば使われる環境に拠って自然発生してきた形と言え、この点を考えるなら椀の意匠は製作者に在るのではなく、使われる環境にこそ意匠の本質が存在すると考えるべきかと思う・・・。


文責 浅 田  正 (詳細は本サイトABOUT記載概要を参照)