「江戸っこだってね・・・」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/01/02 06:51



毎年正月だけでもと思い和服を着るのだが、藍色の「小紋風」を着流して、祖父が着ていた麻の黒羽織を引っ掛け、神社へお参りに行くと、大概の人は「あんた、その格好で寒くないのか」と聞かれる。

本当は寒いのだが「ああ、平気だ」と答える。
私は着流し、つまり素肌の上に直接着物を着るのが好きだが、この爽快さはやはりその潔さにあるだろう。
寒い季節に薄着をし、しかも着物をざくっと豪快に使い、正月ならシルエットが壊れなくて、しかも絹のようなぺカぺカ感が無く渋い艶消し調、麻で黒の羽織がとてもいい感じなのだ。

勿論今時、麻の羽織などと言う貧乏臭いものは作ってもいないだろうが、私は20歳頃偶然見つけた、この祖父の羽織がとても好きで、正月3日までは必ずこれを着ている。

そして私のこの着流しには理由がある。
なぜなら私は「江戸っ子」から「江戸っ子見習」の称号を頂いているからだ。
昔某デパートにいた頃、五反田の問屋倉庫街の近くに一軒の蕎麦屋があり、ここの蕎麦が当時一杯280円だったことから、休日の午後や夜には、よくこの蕎麦屋でかけ蕎麦と一杯70円の丼飯を追加して、それを食事にしていたことが多かったが、ここへ私と同じように来ていた客の一人で、自称「江戸っ子」だと言う人がいて、一番最初の出会い、私はちょっと怒られてしまったのだ。

この蕎麦屋の亭主は親の代に東北、山形から東京に出てきてこの蕎麦屋を始めたらしいのだが、わたしが田舎の出身だったことから、付き出しに蒲鉾や漬物を出してくれたり、随分おまけしてくれ、ついでに月末で金が無ければ、「付け」でも良いと言ってくれるほどだったのだが、東京の蕎麦は今はどうか知らないが、この頃は汁がかなり辛かった。

そこで私は蕎麦だけ食べると、汁は丼飯にかけて猫ご飯風にし、その上に漬物や蒲鉾を乗せて食べていたのだが、ある日この店の以前からの常連客で、60代半ばくらいの男性から「にいさん、出身はどこだい」と聞かれ、「○○の田舎です」と答えると、
「やっぱりか、蕎麦って言うのはな、そんな食い方じゃだめなんだ」と話が始まり、ずっと私のこうした食べ方に不満があったのか、その説教は延々と続いていった。

やがて見るに見かねた亭主が間に入ってくれて、ようやくこの男性の不満も納まったのだが、この日から店でこの男性と顔を合わせたときは、「江戸っ子講座」を受けることになってしまった。
「いつまでも田舎者じゃいけない」と言うのがその理由だったが、割り箸を片手で割る方法、蕎麦の前に出る付き出しの食べ方、酒の飲み方、塩で酒を飲む時の塩のつまみ方、蕎麦の食べ方、座り方や、勘定の仕方、暖簾(のれん)のくぐり方まで、この男性は嬉しそうに教えてくれた。
多分定年退職後、暇な時はこうして蕎麦屋へ足を運び、蕎麦をすすりながらカン酒を一杯ひっかけるのが、この男性の楽しみだったのだろうが、和服を着流してセッタを履き、どこか昔の時代劇に出てくる「遊び人」風の香りがし、所作はとても潔くて様になっていた。

いつも大体が蕎麦一杯にカン酒1本をゆっくり味わって飲んでいたが、話しもとても饒舌でいろんなことを知っていた。
「ほおずき市」や「朝顔市」のはなし、将門公の首塚の話に、「庚申待ち」まで、いろんな話をしてくれた。
そして私が意半ばにして田舎へ帰ることになった日の4日前、店の亭主に挨拶に行ったら、亭主が気を効かせてこの男性に連絡を入れてくれ、程なくいつもと変わらぬ感じで男性は店に入ってきた。
男性は私の分まで蕎麦を頼み、酒も2本温めさせて分厚い陶器の杯を勧めると、私に酒を注いで「今日は卒業式だ」と笑った。
「何の卒業式ですか」と訪ねると、「江戸っ子学校の卒業式だ」と言ってまた私に酒を勧めて、「ただし、まだ見習だぞ」と付け加えた。

この頃には私はこの男性のことを「おやじさん」とか「おやっさん」と呼んでいたが、彼は「本当は、あの食い方(汁をご飯にかける私の食べ方)・・・あんまりうまそうなんでケチをつけてやったんだ」と言うと、また笑った。
私はこうして余り面白くない冗談で、それでも笑って送り出してくれようとする、この男性の心意気が嬉しかったし、ここに江戸っ子を見た。
その後、この蕎麦屋は再開発に伴い無くなり、男性の消息も今はわからない。
だが私は自称「江戸っ子」から「江戸っ子見習」の資格を貰った正当な「江戸っ子見習」なので、寒くても着物は着流し、酒はカン酒・・・と言っても私は本当のところ酒が嫌いで、ビールは苦く、焼酎は辛く、ワインは気持ちが悪い、冷酒もだめで、唯一少しだけ飲めるのがカン酒なのだが・・・・。

昨日、天気予報では今日から雪になるとの事だったが、今日はちらほらと降る程度の雪だった。
そしてこんな日は、何となく濃いダシで辛めの汁の蕎麦、熱燗(あつかん)で一杯、ついでに説教の一つも語れたら最高なのだが、子供もサッサと逃げていなくなった。
仕方ない・・・雪見酒と洒落込もうか・・・・・。

文責 浅 田  正 (詳細は本サイトABOUT記載概要を参照)