2018/01/11 06:16

拭き漆(ふきうるし)技法は木材の表面に漆を擦り付け、それを拭き取って仕上げる最も古典的かつ基本的な漆塗り技法だが、それだけに多様性が有り、古代には色んなバリエーションを持っていたが、現代社会では品質の統一性と言う観点から、権威のある組織や個人の技法によって自然統一化し、ここに技術が硬直化したものの一つと言える。

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輪島漆芸技術研修所でも拭き漆の定義は、基本的には生漆(うるし原液)によるものか、うすめ材としてテレピン油などを指定し、そこでは「なたね油」などの混入を否定しているが、日本の古代建築や、近世、近代までの拭き漆技法には「なたね油」のうすめ材は一般的だった。

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輪島漆芸技術研修所がなぜ拭き漆に「なたね油」の混入を認めなかったかと言うと、それは乾燥の問題からだが、漆に非揮発性油が混入すると漆の乾燥が阻害されるからだ。

しかしこうした状態になるその最も大きな原因は、日本人の生活様式にある。

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漆に「なたね油」を混入して乾燥できる限界は65%までであり、従って原理的には漆が4割、なたね油6割でも湿度と温度管理を徹底すれば乾燥するが、50%づつの等価比率なら自然温度と季節湿度でも100%乾燥する。

そしてこの自然乾燥状態とは「梅雨の時期の土間での作業」である。

一日の平均気温が25度付近になり、そして土の地面から水分が気化する状態は漆が最も好む環境で有り、この状態ならなたね油が50%混入されていても乾燥する。

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拭き漆技法の有効性は大きな塗布面の耐水性である。

建築資材に措ける柱などにこの技法を施すと、その柱は白木よりは耐水性に優れ、結果として腐食防止や防虫効果を発揮する。

だが漆の原液をそのまま塗って拭き取っていたのでは大きな摩擦力が働く事から、綺麗に拭き取ることが出来ず、そこに拭き斑(ふきむら)が発生する。

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そこで油性を加えて拭き易くすることが一般的になるが、土間と言う環境が少なくなってきた事、外で漆の作業をする場がなくなってきた事、それに家を建てる者が季節の制限を考えない、いやサービスの向上から自然環境条件を問わない事が普通になってきた為、そんな梅雨を待って漆で拭いてなどと言う、悠長な事では消費者が納得してくれない環境になったからである。

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だが基本的に「なたね油」などの非揮発性油が持つ光の入射角度と反射角度は、テレピン油や灯油などの中期揮発性油の入射角度、反射角度よりかなり深い。

この為に例えばテレピン油を混入させたものと、なたね油を混入させたものでは、大きく見た目の光の柔らかさが違ってくる。

テレピン油を混入させたものを自然光とするなら、なたね油のそれはまるで和紙の障子の光の中に在るほどの差が有る。

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ちょうど鞘を見れば刀が分かるように、テレピン油や灯油を使って漆を薄めたものは、まるで鞘の無いギラギラした光に見え、なたね油のそれは質の高い鞘に納まった光のような、そんな気がするのである。