「漆の嫌気性とかぶれ」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/01/12 07:52

私が 初めて漆と言うものを認識したのは、おそらくその樹木からではなかったかと思うが、幼い頃山で皮を剥くと妙にヌルヌルする木の枝を触って、その夕方には手が真っ黒になり、翌日を待たずして全身が痒くなり、そこから1ヶ月は漆かぶれに苦しんだ。

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そして中学生の頃、親戚の自称大棟梁の誘いで住宅1棟分の柱に漆を拭くアルバイトをする事になったが、家業の農作業が嫌いで、それを逃れるためなら何でも良かった私は喜び勇んでアルバイトの現場に出かけた。

しかしそのアルバイトは自身の予想を超えた過酷なもので、夏の暑い日、空き地にビニールシートの屋根と囲いが付いただけの作業場で、ひたすら大きな柱に漆を塗り、それを布で拭き取る作業だったが、地面からは水分が立ち上がり、ビニールシートの中は40度を越える気温、そこで1人、手袋もせずに手を真っ黒にして「かぶれ」と闘いながら柱を拭く仕事をした。

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漆かぶれは全身に広がり、夏休み期間中は毎晩針の山で転がってやりたいと思うほどの痒さに苦しんだが、それでも10日程で6万円と言う、当時子供が手にする体感価値では100万円近い価値の金を手にした私は、漆かぶれの痒さがそれで吹っ飛んだものだった。

今から考えると私が漆の世界にふらっと足を踏み入れてしまった、その動機はこのアルバイトで金を手にした時の「漆は儲かる」と言うイメージからだったかも知れない。

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漆の「かぶれ」は基本的には火傷や日焼けと同じもので、外的要因に拠る皮膚のアレルギー反応の1種だが、アレルギー反応と言う点では食中毒に拠る発疹などとも性質は近く、反応には個人差が出てくる。

漆に弱い人とアレルギー反応が出にくい人が存在するのだが、これは修練や慣れで改善されない。

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漆器職人が漆にかぶれなくなるのは漆への抵抗力より、むしろ修練によって手に漆を付けないようになる、或いは手に付着させてもすぐに拭き取って処理する術を身に着けるからだと考えられ、それゆえ漆にかぶれ易い漆器職人と言うものも当然存在する。

そして修練では漆に対する抵抗力は付かないが、こうした修練はその子供には遺伝として受け継がれる部分が有る。

漆に弱い漆器職人の努力はその子供には受け継がれ、ここで漆に弱い漆器職人に対して漆に強い子供と言う組み合わせが出てくるのである。

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また漆のかぶれ、アレルギー反応は皮膚の柔らかい部分から始まり、目の周囲、首筋、腹部、そして大事なところと言う具合で、手に漆が付いてかぶれた時一番注意しなければならないのは、男女ともトイレに行った時で、ここで大事な部分がアレルギー反応の皮膚に接触すると、あっと言う間にかぶれてしまう。

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漆のかぶれに対する処置だが、水で洗ってしまってはそれに拠ってアレルギー反応は拡大する事から水で洗ってはいけない。

昔は塩を塗り込んだり、蟹の煮汁を付けると良いとされたが、これらの成分は漆の非乾燥成分、漆が乾かなくなる成分である事から漆に効くと考えられたのかも知れないが、実際には漆が嫌いな成分と言うだけで、漆かぶれに対する治癒効果はまったく無い。

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一番治癒効果が高いのは「体力」であり、現在ではステロイド薬品などが漆かぶれに効果を発揮しているが、こうした漆かぶれ専門の薬品は漆器産地の病院には置かれているものの、一般的には余り用意されていない為、もしアレルギー反応が漆かぶれと分かっている時には、漆器産地の病院で薬を処方してもらうのが一番早いかも知れない。

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ちなみに私などは間違いなく漆にかぶれ易い職人の1人で、未だに風邪をひいていたり、睡眠不足、疲労していると目の周囲が真っ赤になって炎症を起こす。

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一部では「漆器職人に向いていないのでは」、「修行が足りないのではないか」と言う声もあるが、いろんな意味でもっともな意見だと思う(笑)