「しつづめ」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/01/13 06:52

もしかしたら輪島塗の世界だけに限らなかったのかも知れないが、輪島塗の修行に入って最初に習得しなければならない作業の一つに「しつづめ」と言うものが有り、これは荷造り作業の事を指していた。

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江戸時代の漆器納入方法は製作者本人よる陸送、若しくは北前舟(きたまえせん)などの沿岸航路海運によって為されていたが、これが明治から徐々に整備されてきた鉄道によって、漆器の搬送方法も鉄道輸送が主体となり、この輸送形態は1970年前後まで残っていたものの、その後はトラック輸送に変化して行った。

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そしてこうした輸送形態の変化に伴って、輪島塗を顧客の所まで届ける際に必要な「梱包作業」も大きく変化したが、その変化が最も大きかったのは1975年前後である。

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江戸時代から1970年前後までの梱包方法は、基本的に木の板を木釘や金釘で打ちつけ、この中に紙で包んだ漆器を入れ、その周囲の緩衝材には「藁」が用いられ、これを「荒縄」(藁で編んだ太い縄)で縛る方式だった。

雑な輸送作業に対応したものだったのだが、これが激変したのは日本の輸送形態が鉄度からトラック輸送へ、そして宅配輸送へと変化して行った為であり、その上に廃棄物に対する規制や国民意識が深く関係していた。

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特筆すべきは太平洋戦争後の一般家庭や事業所の衛生環境の向上であり、ここで中身の漆器は必要としても、木の板や藁などから出るクズが嫌われる事になり、次第に藁を入れたりすることが出来なくなった。

同じように処分に苦慮する藁縄も敬遠されてきた為、箱はダンボール、緩衝材は新聞紙、縄はビニールなどの石油加工縄に移り変わって行った。

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そして今日の梱包発送形態の繊細さは目を見張るものが有るが、中身の漆器は同じ製法なら同じ強度であるにも拘らず、何故こうも繊細になったかに鑑みるなら、そこに需要と供給の関係に措ける輪島塗の劣勢を感じざるを得ない。

人々が必要なものなら、特に格段のサービスが無くてもそれは売れるが、元々売れないものはサービスが重要視されると言う事なのだろう。

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「しつづめ」は辛い作業だった。

縄の結び方がどうしても憶えられず、職人さんに聞きながら、そして藁の埃で頭から真っ白になって荷造りをしても間に合わず、運送会社のトラック運転手に待っていてもらった事もあったが、そうして荷物を送り終えると、「風呂にでも入って来い」と親方が500円をくれ、それで夕方市内の銭湯につかってコーヒー牛乳を飲むのが、何とも言えず幸せなものだった。

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また昔、輪島塗の職人は腕時計や指輪をしない事が慣例になっていたが、その理由は腕時計が漆器に当たって傷が行かないように配慮したからだ。

しかし現在の梱包作業を見ると、確かに昔よりは遥かに丁寧で綺麗になったが、その手首に腕時計が云々、袖口のボタンに指輪、長い爪などは余り気にされなくなったようだ。

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僅か梱包一つの事だが、輪島塗もこの国同様、何か小さな事ばかりを気にかけ、大切な事が忘れられているような、そんな気がしてならない。