「天意と畏れ」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/02/10 08:41

古来より日本の文化はある種の独立性を持っていたが、それは大日本帝国憲法の天皇の輔弼事項でも同じことが言え、ここに「形無きもの」を誰かが所有、利用してしまう事を好しとはしない思想は、最終的には天皇家によって担保されていたと言える。

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律令国家時代、平安の世での仏教文化に措いても、それが政治的に利用されつつも為政者によって畏れられ、最終的にはその関係が拮抗した状態で推移してきたが、この均衡を破った者が織田信長で有り、彼はこの「形無きもの」の本質、つまりは何も無い事を実践しようとして失敗、「本能寺の変」で命を失う。

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そしてその後発生した「豊臣秀吉」は政治を担保するものとして、文化を権勢によって手中にしようとするものの、「千利休」がこれを拒否し、結果として千利休は命を失うが、これによって文化の政治的独立性、或いは文化が持つ権威は保たれた。

しかしこれが簡単に破られてしまったのは西洋文明の流入によってで有り、明治の大日本帝国憲法の素案は西洋の立憲君主統治思想をモデルとした事から、かろうじて統帥権が独立した形を保ったが、これに経済的窮状が加わった日本は太平洋戦争中、軍部が統帥権をも手中にしてしまい、戦後統帥権に限らず全ての「形無きもの」が国家管理となってしまった。

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つまりここに織田信長や豊臣秀吉ですら為しえなかった政治と文化の統合が成立したのであり、「天意」「運命」「形無きもの」は全て政治によって担保される事になった。

その結果が芸術院会員、人間国宝などの制度であり、これらは本来政治が認定したり決定する事では無く、万民による畏れや支持が必要な事で、この万民の支持こそが権威を担保すべきものである。

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それゆえ政治と文化は相互が独立し、それぞれが認め合う事が必要なのだが、これが一体となったものは既に文化に有らずして「行政施策」にしか過ぎず、為に生まれて来るものは行政による文化らしきものと言う稚拙な事態に堕ちる事になる。

発足直後の明治政府、その権威で有った明治天皇ですら軍を動かす権力で有る「統帥権」を輔弼事項とした。

天皇は「天意」をご存知だったと言う事である。

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「天意」は一見文化とは別のものに見えるかも知れないが、その本質は同じものであり、これのもっとも深いところには「畏れ」が有る。

そしてこの「畏れ」を忘れると文化を守る、継承すると言った傲慢な自我の暴走が起こるが、文化は守られるべきものでも継承されるものでもない。

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今この瞬間にも創造され動いているものであり、これを決するものが民衆の生活で有ったり、夢、希望などが総称された所にあるものだ。

誰が作った物が優れていて、誰が作った物が劣っているかを決するのはとても恐ろしい事でも有り、そもそも自身がそれに値するのか疑わない者の考え方は愚かだ。

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古来為政者や政治権威を担保する最終的権威が文化や、「それが解っている」と言う「形なきもの」であり、これを政治や行政が決定していく状態は「逆流」である。

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畏れとは自分を疑う事にその始まりが有り、それの行き着くところが「天意」と言う事になるのかも知れない・・・・。