2018/03/16 05:42


世界三大テノールと評されたイタリアのLuciano Pavarotti(ルチアーノ・パヴァロッティ)は2007年9月6日、その71歳の生涯を終えたが、彼は生前多くのオペラ以外の音楽ジャンルとのコラボレーションを残している。

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その中でアメリカ、ニュージャジー出身のロック歌手Jon Bon Jovi(ジョン・ボンジョビ)と、「Let it Rain」と言う楽曲をコンサートコラボレーションしているが、この彼等の歌の中に、その表情の在り様の中に、私は一つの目標と言えばおこがましいが、ある種の自分が目指すべき物作りの理想を思った事が有る、いや今もそう思う。

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やんちゃなロックの道を駆け抜けてきた若者は、いつしかその道で一つの頂点に立ち、そして伝統と言うおよそロックとは相容れぬオペラの最高峰、パヴァロッティと一緒に歌うのだが、ジョンは太っているパヴァロッティに気を遣い乍会場に出てくる。

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そしてジョンの声はどう表現したら良いだろうか、それはあたかも修羅の道を駆け抜け、そこから得られた平穏、或いは優しさと言ったものに彩られた頂点を感じさせるもので、やがてジョンのポジションからパヴァロッティへのポジションに移る時も、ジョンは終始気を遣って手を差し向け、パヴァロッティの朗々とした声がジョンとのコントラストを際立たせる。

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しかしそこから流れてくるものは、やはり優しさで有ったり、もう少し適切な表現をするなら、穏やかさや「平和」と言うものなのである。

過激で「破壊」を旨とするロックが辿り着いたところと、繊細で一切の妥協を許さない伝統の、それぞれの頂点が互いに気を遣い、そして生まれた歌と表情はまさに「平和」とはこうした事なんだよ、そう言っているように聞こえるのである。

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ジョンのパヴァロッティに対する「尊敬」に近い気持ちと、それに「一緒に楽しもう」と笑うパヴァロッティが楽曲の中に行き来しているようなのである。

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物を作っているのは勿論食べていく為だが、でもそれが目指すところと言うものは、やはり人々を穏やかな気持ちにさせたり、或いは平和を概念させることが出来るなら、これ以上の事が有るだろうか・・・。

「平和」や「人に優しく」、「環境を大切に」など、私達は多くの綺麗な言葉を口にしているが、それらは本当にそうなのだろうか。

利益を得る為の方便の言葉で有ったり、又は利益の為の謙虚さになってはいないだろうか。

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人間は年齢を得るに従って、その規模が大きくなるに従って「自分」から抜け出せなくなる。

まして互いに頂点か、それに近いところに在る者同志は中々妥協がしにくくなるが、このジョンとパヴァロッティを観ていると、頂点とは一番下も理解した、いや今この瞬間も理解できる人の事を言うのだろうと、そんな事を感じさせてくれる。

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大きな体でリズムを取るパヴァロッティが見せる笑顔、そこには今も「初心」に在る彼の姿が光り輝いて、一瞬鼻の下に手をやるジョンの姿もまた然り・・・。

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遠く及ぶものではないが、自身もかく有りたいと思う・・・。