「主と従」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/03/24 07:21

神社でお供え物を乗せる際に使用する「三方」(さんぼう)などは、その上部盆状の構造が縁よりも底の板が外に出る構造になり、その下に高い台が付いているが、こうした構造は元々上部の盆状の構造と高い台が分離して使われていたものと言う事が出来る。

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現代社会では三方は全て一体になっているが、その昔は盆を台に乗せて使われていたものと考えられ、こうした意味では物の構造と言うのは漢字の発想と極めて近い事がわかるが、もう一つには盆の構造として何故底板が縁より外に出ているかと言う事である。

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構造強度として底板を縁の4枚の板で囲んだ構造の方が強度は高く、製造も容易であるにも拘らず、わざわざ底板を縁より外に出すのは一体どう言う理由が有るのかを考えてみるなら、そこに「三方」の本質が「板」で有る事が見えてくる。

つまり三方は基本的に底板となっている「板」に起源が有り、それに縁が付き台が付いて、やがて縁や台が装飾的に発展したものだったのである。

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始めは唯の板だったが、それでは何かを乗せると落ち易く、そこで板の上に簡単な縁を置き、やがてその縁が固定されて使われるようになり、そして台にこうした縁の付いた板を乗せて使うようになり、その台もいつしか利便性から固定されるようになった。

あの三方の一番重要な部分とは板の部分な訳で、その他は本質的には付属なのである。

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物の形にはこうして起源が有る場合、時代を経ると本質部分が一番面積が少なくなり、また装飾も施されない事になるので、その形の解釈は曖昧になるが、一方装飾も施す事が出来ないと言う意味では、その部分がその形の本質で有る事を証明してもいると言う事になる。

そしてこうしたお盆の形で有り乍、縁よりも底板が出ている構造の物は、全て三方と同じように神道の儀式に起源を持ち、この事は仏事茶道用具に措いても同じで、形は盆で有り乍それぞれに用途ごとの名称が付加されている。

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折敷(おりしき)、茶道の「ふちだか」、寺の三方、掛盤(かけばん・大名膳)等はどんな素晴らしい装飾が施されていようと、その基本は一枚の板を起源とし、この起源を尊重する事の重要性は、合理的強度の考え方を超越したものである。

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縄文時代と弥生時代では日本の文化が全く異なった変化を示し、その原因は朝鮮半島渡来の文化形成であり、ここに縄文時代に存在した日本の文化はことごとく失われたが、神道などでは土着文化が新文化に吸収される形で今に残っていると言われている。

三方や折敷になどに見る板に対する考え方は、若干朝鮮半島渡来の考え方とは異なる思想が感じられる。

もしかしたら三方の底板の思想は縄文文化を今に残す足跡なのかも知れない・・・。

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もしどこかで底板が縁よりも数ミリでも出ている盆を見かけたら、それを盆と呼称してはいけない。

解らなかったら、それを出してくれた人に尋ねると良い。

この場合、尋ねる事は恥ずかしい事ではなく、むしろ尋ねる人は「知る人」となるのである。