「空気隔離」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/03/26 19:44

    


柿シブが漆器の下地材として登場して来るのは900年頃、実際に他の用途で使われ始めたのは600年頃と言われているが、これは日本独特の塗料であり、漆そのものには抗菌作用は無いが柿シブには抗菌作用、防カビ効果が実証されている。

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元々は民間治療薬として使われ、それが布や紙の保護、例えば重要文書などが書かれた紙を保護する為などにも使われるようになった可能性が高いが、山村などでは衣服の染料として、或いは大切な器物の表面に塗って器物の腐食を抑制したりする用途が有ったとされている。

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その製法はシブ柿が青い内に採取し杵などでついて潰し、樽に入れて3日ほど発酵させた後、これを絞り取って不純物を沈殿させたら上澄み液を掬い取り、1、2年醸成させれば出来上がるが、柿シブには「一番シブ」と「二番シブ」が有り、「二番シブ」とは最初に抽出した時に残った絞りかすに水を入れて再抽出されたものを言う。

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基本的に古典工業資材の初期段階、その発見段階は「食」から始まり、それが工業用資材へと発展するか、「食」に適さないものが資材として発展するかの大まかな流れが存在するが、漆などもその原初は実を食べてみる事から始まったと考えられ、柿シブなどもその初期は火傷や切り傷などに塗って治療するゆえに、発展して来たものと考えられる。

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漆の下地材料として用いられるようになった背景には、その生産の拡大に要因が有り、原初は1、2日の発酵液を搾り取って使っていたものが、やがては数年醸成させる技術が平安期に確立し、そこから建築材料として発展するに至って大量生産体制ができた。

この事から砥の粉などより比較的平易に柿シブが用いられる素地が出来上がり、そこから一般大衆が作る漆器に柿シブ下地が発展したものと言えるだろう。

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従って柿シブ下地は上と下が有るなら下に位置づけられたが、この認識は後世の研究者達が強度だけを見て判断したものであり、正確には誤りと言える。

柿シブの漆下地としての難点は経年劣化による剥離性の高さだが、そもそも漆器表面の平面性や光沢の正確さと言う観点から、素地である木の木目を表面に影響させない事を考えるなら、漆下地の必要性の一角は素地との隔離性に有り、素地との隔離性とは剥離性の高さを意味している。

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つまり漆表面の平面性や美しい光沢は素地と表面漆の隔離性によって得られ、その意味で絶対的隔離性は「空気隔離」であり、漆が素地に対して空気を挟んで浮いている状態こそ究極の下地と言えるのであり、ここで完全な空気隔離が不可能な場合、それが剥がれるか剥がれないかの限界点で剥がれずに存在している概念もまた、至上の塗りの概念と言える。

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またこの「空気隔離」の概念は現在建築の思想に繁栄され、内壁と外壁の空間が持つ温度の絶縁性は近代建築の重要な思想となっているが、広義で覆うと言う意味では建築のこうした概念も、漆と素地の関係も同じである。

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ここに古くは一般大衆の粗雑な漆器と判断されたものも、そこにはこれから先10年、20年の単位では時代の最先端を行く技術となり得る可能性を秘めているのである。