「ひやけ」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/04/21 06:15

上塗り漆は通常「くろめ」と言う作業や精製で水分が飛ばされる為、経年劣化による乾燥速度の後退などは原液である生漆よりも少ないが、生漆(きうるし)は一般的に1年が使用限度期間であり、厳密に言うなら梅雨の時期を一度越えた生漆は、その後急激に乾燥速度の低下を起こす。

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漆に取って最も乾燥しやすい時期と言うのは、漆の生気を吸収してしまう面が有り、この場合はその生漆の倍の量の新しい漆を添加しないと、元の乾燥速度は得られず、一時的に乾燥速度を上げる方法として、生漆に水を注入して攪拌する方法が有るが、これだと一定の硬度までの乾燥は得られるものの、完全に乾燥することは無く、こうした状態で下地が為されると、その上から水を付ける、つまりは水研ぎ研磨した時に強制乾燥する為、表面にヒビ割れが生じる。

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また同じように乾燥速度が低下した漆に化学成分の乾燥促進剤を入れた場合も、60%ほどの乾燥は得られるものの100%の乾燥硬度は得られず、やはり水を注入した漆と同じ効果しか得られないが、こうした劣化した漆の事を輪島塗の世界では「ひやけ」と言い、もっぱら輪島塗の下地で使われる専門用語であり、上塗りではこれが「なまる」と表現される。

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同じ乾燥だが輪島塗の下地と上塗では乾燥の概念が異なる。

正確には「サビ漆」(砥の粉が入った漆)以降から、自然乾燥に人的調整が加わるのであり、輪島塗下地の3分の2までの工程である「一辺地」と言う段階までは基本的に米糊と漆、それに焼珪藻土粉末である事から、塗布作業後の加湿は無意味になるが、これ以後の「二辺地」と言う工程から更に砥の粉が入れられ、砥の粉が入った時点から塗布加工後の加湿増減によって、漆の乾燥は影響を受ける。

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基本的に漆の乾燥は自助乾燥だが、砥の粉が入った漆や上塗り漆は塗布した直後が一番乾燥力が強くなり、この時点で湿度や温度を加えると、漆内部と表面の乾燥速度の誤差から表面が縮れてしまう。

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為に、塗布してから一定時間経過後に加湿を行うが、漆の乾燥は限界点があり一定の時間内に加湿作業を行わないと、いつまで経っても充分な乾燥が得られないことになる。

漆は自助乾燥だが、その中に含まれる水分量の調整によって、予め乾燥しにくく加工してあり、これが為されていないと塗布した漆がすべて表面に縮みを起こすからである。

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しかし下地に使う生漆はこうした加工がしてない事から、単体で塗布すると全て表面が縮み、糊や焼珪藻土、砥の粉などを添加する事で乾燥調整が為される、所謂総量調整なのである。

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一方、上塗り漆はこうした乾燥調整が水分コントロールで為されていることから、加湿作業がないと乾燥しないが、それが早すぎると表面の縮みが出る訳であり、時期を遅れると乾燥しなくなる。

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そして加湿加減を間違え、乾燥しなくなった上塗りを乾燥させる最後の手段が「酒湿め」(さけじめ)と言うもので、これは清酒を霧状にして乾かなくなった上塗り塗布製品の上に吹きかける方法だが、事実上「神頼み」と言う事である。

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下地漆も作って1週間もすれば乾燥速度は相当遅くなるが、この状態を「ひやけ」と言い、「ひやけた奴だ」と言う具合で、つかいものにならないと言う意味である。