「漆塗りの表札」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/04/30 05:57


日本家屋の玄関に表札が掛かるようになった最も大きな契機は「関東大震災」だと言われている。


日本の大衆が苗字名前を名乗れるようになったのは明治政府の布告によるものだが、これは「徴兵制度」に付帯する便宜上のもので、逓信制度の発足と共に微細乍大衆に普及したものの、基本的には明治初期まで大衆の住所の移動は極めて少なく、為に「家制度」が個人を担保する形と相まって表札の必要性は薄かった。


しかし「関東大震災」で被災した人々が次に家を新築するおり、親族関係者に自家がその場に有る事を知らせる必要が生じ、ここに一気に表札は普及して行ったが、基本的にその後の太平洋戦争に鑑みるなら、そこに横たわるものは名前を名乗れる自由ではなく、政府の個人管理思想が背景にあるとすべきだろう。


一方江戸時代くらいには武家が家の前に表札をかけていたが、ここには苗字しか書かれていなかったのは「家制度」のためで有り、同じく商家には屋号や苗字が表札として掲げられていたものの、この普及は武家が行う経済活動の拠点が上方(大阪)に有って、その上方屋敷には地方からの来訪者も多くなる為、見易く大きな表札や看板が掲げられていたからである。


漆器の表札の出現は比較的浅い。

普及してきたのは太平洋戦争後だが、本来表札など「表の面」に「黒」を用いる事は余りお勧めは出来ない。

日本に措ける「朱色」は「儀式色」の背景を持ち、これが使われる場合は忌み事を含めての特殊性に有り、または補填や手直し、緊急性を意味する事から、表札に漆器が使われる場合は黒色かこれに近い色に限られ、そこに書かれる名前も金色以外の選択が難しくなる。


しかしこうした配色は基本的には「位牌」などの配色であり、同様の意味では石などを使って彫られた表札も、どこかでは石碑や墓標のイメージを脱することが出来ない。

それゆえ表札に付いては日本に措ける歴史的最高色である、神道の「白木」に由来した方が私は良いように思う。


白木に黒墨で書かれた表札には潔さや、特殊性を廃した日常性、謙虚さが伺える事から、過去幾度か輪島塗の表札を作って欲しいと言う依頼が有ったが、以上の理由をして製作をお断りした。

儲かれば何でも有りでは、後々長い目で見れば製作した側も、それを依頼した人もどこかで品性を疑われたり後悔する事になる。


尚、大きな表札は本質的には「千客万歳」である。

ゆえ、商家ではない家では余り大きな表札は品位を失い、同時に分厚い事もまた卑しさを感じさせる為、現在の表札の基本寸法は関東が201mm×83mm、関西が180mm×90mm前後になっているが、大きめにした場合は板の厚みを薄くすると品位が出る。

30mmを限度とし、20mmから25mmが見た人に威圧感を与えず高慢にもならないように思うが、文字は出来ればそれを掲げる本人が墨で書くことが望まれ、この場合白木に直接墨を使うと墨が滲んでしまう事から、先にチョークなどを塗ってその上から文字を書き、乾いたらタオルなどでそっとチョーク粉末を落とせば滲みの無い綺麗な文字に仕上がる。


ちなみに材料となる白木は「ヒノキ」「欅」などや銘木を用いると良いが、榊や椿などは避けた方が良く、出来れば自家に生えていた木や、自分が所有している土地で生息していた木を用いると良い。

古い言い伝えでは庭の木の背丈が家の屋根を越えると、家の生気が木に負けてしまうとされていて、そこで屋根を越えて伸びた木の枝を切る事があったが、そうした場合に出る太目の枝を用いても苦しからずやと思う。


個人的嗜好では有るが、私は桑の木のあの薄い紫色が好きだから、今度表札を作るときは畑にある大きな桑の木の枝で表札を作ってみたいと思うが、このあばら家で表札のみ立派では如何なものか・・・。


余談だが、古代中国では畑に桑の木が何本有るかが記されている文献がある。

この事から桑の木は財産だった事が解る。