「案山子の神様」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/06/29 05:46



日本神話の中で「大国主命」(おおくにぬしのみこと)が出てくる出雲神話の一節に、案山子(かかし)の神様が出てくる場面がある。
そして昔から案山子は「知恵」の象徴とされ、案山子の神もまた「知恵」「知識」の神様として信仰を集めてきたが、ここで言う案山子とは、田んぼで雀を見張っている案山子とは少し様子が違う。

大国主命が出雲、美保の崎に出かけたときの話だが、途中でガガイモのサヤを割った船に乗り、蛾の皮を剥いで作った着物を着た小さな神様がこちらにやってくる・・・、大国主命はその小さな神に名前を尋ねた、しかし小さな神様は口を結んだまま何も答えようとはしない。


困っていると、そこへヒキガエルがやってきて大国主命にこうささやく、「案山子の神にお聞きなさい」・・・・、そこで大国主命は「久延彦神」(くえびこのかみ)と言う案山子を呼び、この案山子の神に眼前の小さな神の名を聞いた。
すると案山子の神は「この方は少彦名命(すくなびこなのみこと)です」と教えてくれ、それ以後この「大国主命」と「少彦名命」は実の兄弟のように仲良くなり、お互い助け合って国造りをしたとされている。


古代に措いて、自分の本名を教えると言うことは重要な意味があり、それは互いの信頼を表す様式とされていたようであり、ここで大国主命が少彦名命の名前を知ろうとしたことは、既に少彦名命に対する1つの信頼の表し方であり、少彦名命の名前を知ったときから、大国主命は少彦名命との間に心のつながりを生み出したことになる。


そしてこの話に出てくる案山子の神だが、実は意外なところにそのルーツがあり、その伝承ルートの端は東南アジアとされているが、原型は「太陽神」が変化したものだと言われている。
石川県羽咋市(いしかわけん・はくいし)に「久氏比古」(くてびこ)神社と言う社があるが、ここの神は案山子だとされている。
久氏比古と言う神は足が悪く、道を歩くときに、ちぐはぐな足跡を残すと伝承されているが、このような動作はそう遠い距離感を持たずに案山子を連想させてくれるものであり、また久氏比古神社にはもう一体、「天目一箇神」(あまのまひとつのかみ)と言う一つ目の神も同祭されている。


だがこの2つの神・・・、元は一つ目一足の神だったのではないだろうか、神社では大概複数の神が祭られることが多く、久氏比古神社では「一つ目」の性質が「天目一箇神」になり、「一足」の性質が「久氏比古神」の話として伝承されてきたが、ベトナムにも古代には「ドククオク」と言う神に対する信仰があり、この神は一つ目一足の神である。
しかもこの神、光のような速さで動き回り、世界中のことを知っていたと言う。


どうだろうか、久氏比古神はこのベトナムの「ドククオク」神に非常に良く似ているのではないか、そして出雲神話に出てくる久延彦神(くえびこのかみ)は一つ目一足の案山子神であり、「古事記」ではその神は足で歩くことはできなかったが、天下のことは何でも知っていた・・・と書かれている。
こうしたことから考えると、久延彦神は南方ベトナムなどで極めて古い時代に信仰されていた「太陽神」が、形を変えて日本に伝わったものだと思われるのである。


そしてこの場合、日本での案山子神の歴史は久延彦神が基本形となって久氏比古神になったのか、その逆かは不明だが、現在もその信仰の形跡が残る、久氏比古神が基本となって、久延彦神に発展して行った可能性の方が高いのではないだろうか。


またベトナムの「ドククオク」の一つ目とは「太陽」のことを指していて、古代信仰では、太陽には一本の足があると考えられていたものが多い。
天照大神(あまてらすおおみかみ)は日本の最高神だが、大体において太陽神を最高神とする考え方は北方系に多く、太陽神を最高神としない考え方はベトナムのように、おそらく南方文化であり、こうした意味で天照大神と案山子神と言う2つの太陽神が重なるのはまずい・・・。


そこで日本神話では出雲神話でさりげなく、大国主命を導く「一足」と言う特徴を重視した案山子神として登場させ、また世界中のことは何でも知っているとしたことから、「知恵」を象徴するものとしたのではないだろうか。
そして同じ太陽神であることから、天照大神とそうひどい落差もつけられない、そこで大国主命を導く役割として、その体裁を下げない配慮もあったのではないかと思う。


こうした傾向は仏教でも同じような配慮が伺えるが、アバロキティスバラ「観自在菩薩」は仏陀の指導者であり、どこかで仏教に対するバラモン教の立場がそこに見て取ることができ、このような背景から古代日本の異文化に対する考え方は、非常に大切な根幹を押さえながら、自国文化にそうした異文化の特性を配慮して組み入れていたことが分かり、太古の時代からすでに大陸を意識した姿、つまり中国、朝鮮半島との親密な交流が伺い知れるのである。


ちなみに太陽神を一つ目一足とする考え方は、ベトナムなどの東南アジア以外にも世界中に見られ、例えば古代バビロニアでは太陽神は一足とされていたし、エジプトでも太陽神ラーは一眼とされている。
またインドの叙事詩「マハバラータ」にも太陽は一足であるとする記述が残されている。


太陽には1本の足・・・、古代の人々のイマジネーションには真に驚嘆させられる。