2018/07/03 06:08

無謀が夢と言う言葉にすりかわり、金を稼げない奴は罪だと言われた時代、夜ごと繰り出す社長さんはスナックでバーでホステス達に1万円札をばら撒き、マハラジャでは黒服が押し寄せる客を断るのに必死だった1980年代後半、不景気など来るはずも無いバブルの真っ只中だった。


東京への逃亡癖もようやく落ち着いてきた私は、あるスパゲッティやカクテルを出してくれる店へ頻繁に出入りするようになり、店のオーナーとも親しくなった。
このオーナーも私と同じで、田舎の暗さや閉鎖的なところを嫌って暫く都会暮らしをしていた人だったが、妙に気が合って常連客達とも段々親しくなり、男女7,8人のグループが出来て行った。


そして毎週休みにはみんなとテニスに行ったり、京都までビリヤードに行ったりと毎日が夢のような生活が続いていたが、どちらかと言うと女の子の数が多かったこのグループの男性陣は、結果的には「足」代わりになっていたようでもあった。
みんな当時の流行を気取って、流行っていることは一通りやってみようと言う感じで、特に女の子はワンレン・ボディコン姿に男を見下したようなところがある子が多かった。


ある夜、この日は平日だったが、12時近くになったのでもう寝ようと思っていたところへ、このグループの女の子の1人が突然訪ねてきた。
勿論こうした事は始めてだったし、この女の子と特別親しい訳でもなかったが、帰す訳にも行かず、私は部屋へ入れた。


彼女は「何か暇でさ・・」といって一つしかないソファーに座ったが、私はコーヒーを出して、昼間親戚から貰ったカステラを運んで、自分のベッドに座った。
「何か、あったの」
「別に何も」
そんな気まずい会話が続いたので、私は新しく手に入れた「天空の城ラピュタ」でも見ようかと話を変えた。


彼女は途端に嬉しそうな顔をして「えっ、ラピュタあるの」と問い返し、私はそれに頷いてビデオのスイッチを押した。
それから私達は並んでラピュタをみた。
大きく開いた肩がすぐ近くに見え、どこか一部分でも触れてしまえばそれで終わりの世界だった。
だが遠く600キロも離れたところにいる女の子と付き合っていた私はどうしても裏切ることが出来ず、彼女の肩に手を触れことができなかった。


エンドロールがながれ、井上あずみの主題歌が流れ、それも終わって2人の間には沈黙の時間がながれた。
彼女はそれじゃ今日は帰ると言い、私は「ごめんな」と言った。
「いいよ、分ってる、ラピュタ楽しかった」彼女は少し笑って玄関を出て行った。


このグループはその後も続き、みんなで旅行したり夏は海に行ったりしていたが、やがて1人結婚し、2人結婚、そして私も結婚して子どもができ、家の農業を手伝わなくてはならなくなったりで、すっかりこのグループには顔を出せなくなっていた。


それから十数年後、妻の都合が悪くなり、下の女の子の運動会へ代わりに出なければならなくなった。
しぶしぶ弁当を持って中学校グランド脇の土手で、子どもの走り競争など観戦していたが、何か面白いわけでもなくボーっとしていたら、後ろからポンと誰かが肩を叩いた。


振り返った私の目に入ったのは髪はボサボサ、化粧もしていなくて、トレナー姿ではあったが、昔2人でラピュタを見たあの彼女だった。
こう言う狭い町だから、いつかはどこかで出会うと思っていたが、まさかこんなところで出会うとは思いもせず、言葉に詰まった私に「余り変わらなかったね」と彼女は声をかけた。
だが、激変したのは彼女の方だった。
昔は長い髪にしっかりメイクをし、ぴちっとしたミニスカートが定番だった彼女の髪には白いものが混じっていて、化粧もしていない、よれよれのトレーナー姿だったのだ。


私達は少し距離を置いて土手に腰掛けた。
「どうした、何か大変なのか」と訪ねた私に彼女は昔のように少しだけ笑って「ううん、何でもないんだよ」と答えた。
また昔のように沈黙が続いた。
ただ、昔のように気まずい感じではなく、むしろ風に吹かれているような清清しさがあり、むしろこの場面では沈黙の方が嬉しかった。
「あんた、本当に何もかわらないね」
「そんな事はないさ、しっかりおっさんになってしまったからな」と言ってる途中だった。


彼女は突然立ち上がり、「ごめん、下の子に障害があって・・・また今度・・・」と言うと、走ってグラウンドの端を無茶苦茶に走っている幼稚園の女の子を追いかけていった。
やがて彼女は女の子をつかまえ、手をつないで、幼稚園の先生の所まで連れて行くのが見えた。
私はいつまでも、彼女に視線を向けていたが、何かとても良い物を見た気がした。


人間が困っている時というのは、本人は大変なのだが、その時自分が持つ全ての力を使って何とかしようとしているときでもある。
即ちその人に最も力がある瞬間でもあるのだ。
こうした田舎の運動会は幼稚園から中学校までが合同でおこなわれ、彼女は私と話ながらも沢山いる子ども達の中でしっかり自分の子どもを見ていて、発達障害のその子が突然前後構わず走り出してしまったのを見ていたのだった。


走る彼女の後ろ姿には今まさに水を打って天に昇ろうとする龍、キリストを抱いた聖母マリアが重なっていた。

あの頃の彼女は綺麗だった・・そして今の彼女は・・・美しいと思う。