「等価定理の亡霊」・2 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/07/08 07:21

だが、公債がひとつの国の中だけでの取引に留まらない、言わば公債の国際取引社会や、公債の国際的金融資本化が一般的となった現代社会に措いて、この理論が通用する場面は非常に限定的なものだ。


すなわちこの理論自体が、もはや過去の遺物でしかないのだが、意外にも日本の財務省などではこうした古典的な考え方に基づく政策、またどこかで「リカード・バローの等価原理」が、基本理念になっているのではないかと疑わせるような政策が多くなっている。


そのひとつが日本国債の海外市場流通量の少なさであり、また税制に対する考え方である。

リカード・バローの定理は、もともとどちらかと言えば為政者側の考え方ではあるが、そこには一般庶民が実態として政府が発行する公債が何を意味しているかも明確にしていた。


しかし国際化していると言いながら、日本国債の海外流出量は極めて少なく、この意味では言葉はどうあれ、「リカード・バローの等価定理」は日本国内に措いては為政者側の半分が成立している。


増税と公債の発行は同じ事、この理論が日本の政治の中には実態として存在し得る状態であり、しかも日本政府は国債の海外流出を抑制する方式での資金調達をしているが、国民はどうだろうか、形式上国際化されていることに目を奪われ、そして自身が海外の公債も買えることをして、国際化されたように見えている日本国債が持つ、きわめて古典的な意味が理解されてはいないのではないだろうか。


おそらく現在の日本国民の意識の中には、国債の大量発行が、大増税と同じであると言うことが理解されていないのではないかと思う。

このことが理解されていれば、少なくとも2010年4月の国会を通過した民主党の大きく膨らんだ予算、それに伴う財政出動と、不足予算のための大量赤字国債発行に対して、厳しい反対運動が起こらなければならなかったはずだが、結果として金融市場、経済の国際化の影にうまく隠れて、200年も前から存在する古典的な財政理論を使って、今も民間資本を政府予算に組み入れようとする財務省の方針に、まんまと一般大衆が騙されている形が成立した。


そして政府の消費税増税論であり、ここに公債の発行が増税と同じ意味だと言う、古典的な経済論を熟知している財務官僚ならではの思惑が、色濃く反映されている。


リカード・バローの等価定理は、為政者にとっては詭弁に使われやすい。

そしてこの理論は民衆にも注意を促しているのだが、民衆は国債の発行と増税が同じであることを理解しにくく、現代社会の経済や国家の仕組みもまた、そうした事実をわかりにくくしている一因となっている。


更にいかなる理論もそうだが、時代が変わって古くなり、それが当てはまらない時代となったとしても、状況が揃えば理論と言うものは成立していくものであり、その理論を知らねば、例えどんなに古典的な理論であっても、知っている者によって、知らない者が支配を受けるものであることを覚えておくと良いだろう。


またリカード・バローの等価定理は、少なくとも民衆が国債を金融商品と考えてしまっている中では自覚されない。

このことをして政府財務省は赤字国債を利用しているが、こうした事実は一方で民間によるリカード・バローの等価定理に対する反転性を象徴しているとも言える。


すなわち民間が国債を未来に措ける増税に備えての備蓄と考えず、自己金融資産だと考えるようになった時点で、すでに等価定理の言うところの、公債の発行が生涯所得に影響しないという理論もまた崩壊するのである。


そして残るものは国債の発行と増税が結びつかない民衆の増加と、わずかばかりの金利に高さに惑わされて国債を買い、少ない金利を受け取って得をしたと喜びながら、その実手にした金利の何十倍、何百倍と言う増税にあえぐ日本国民の姿である。


ここでは等価定理がものの見事に国民から金を搾り取る道具としてしか使われていない。

土地収用でも同じだったが、人間は窓口が違えばそれは分離している印象を持つが、その実政府や行政と言ったものは基本的には1つの企業と同じことであり、こうした組織は何でもできることを、我々民衆は忘れてはいけない。


最後に、くどいようだが、国債の発行と増税は同じことであり、公債の発行は大衆の生涯所得に影響を与えない、このことをして民間資産と国債を分けて考える者もいるがそれは誤りであり、このような亡霊を背負った者のような考え方は、近い未来に措いてですら日本経済を壊滅に追い込むことになるだろう。


その上に現在日本のアベノミクスはこうした国債の金利までマイナスにし、しかもその国債を中央銀行が買い取ると言う、一般社会的には詐欺の領域にまで及んでいて、この意味では等価定理の原則は既に二段階も蔑ろの状態と言えるだろう。

国債の発行は増税、このことさへ覚えておけば、少なくともリカード・バローの等価定理の半分、つまり民衆の利益について理解したことになると思う。