「ブルーのTシャツ」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/07/09 05:37

かなり以前の話になるのだが・・・・。


女のネットワークと言うものは随分恐ろしいもので、ある日全く会ったこともない女性がいきなり家を訪れて、袋一杯の衣類を置いていったが、何のことかさっぱり分からない私は、買い物から妻が帰って来ると早々に事の真意を問いただした。


「友達、友達」とだけ答えた彼女は大きな袋の衣類を抱えて部屋に入ると、暫くして「これは要らないから雑巾にでも使って」と言って10枚ほどのトレーナーやTシャツを置いていった。
どうも子供服を要らなくなった順番に回しあっているような感じで、良く考えて見ればとても合理的なシステムとも思えた。


その置いていった10枚ほどの衣類の中に1枚とてもビビットなブルーのTシャツが入っていて、見た感じ私が着れそうだったので、首を通して見ると少し小さめだが何とか着れたので拝借することにした。
だがこのTシャツ、見れば見るほど綺麗な深いブルーで、何かローマ字で書かれた文字が背中に白でプリントされていて、生地もしっかりしたものだった。
ちょうどこれから夏真っ盛りの頃だったことから、それ以後私はこのブルーのTシャツと黒のパンツを合わせて、外出することが多くなった。


我ながらこの配色はとてもセンスが良いなとも思っていたし、それより何よりこの組み合わせで外出すると何となく人が注目しているようで、気分が良かった。
スーパーや本屋、道を歩いていても全員と言う訳ではないが、必ず熱い視線を向ける者がいて、それは男女どちらかに偏っている訳でもなかったが、中には遠くから私を目指してやってきて、前まで来ると何か言いたそうにする女性や、声をかける勇気がなくもじもじするような男性までいた。
「俺ってイケてるかも」と思った。


そんなある日、京都から久々に友人が遊びに来て、たまたま私は外出から帰った直後だったので、このブルーのTシャツ姿で彼を仕事場に迎えていた。
友人はしばし私のTシャツを見ていたが、「どうだ、なかなか良いだろう」と私が言うと不思議そうな顔で尋ねた。
「おまえ○○会(某かなり大きい宗教団体)に入ったのか」
「えっ、そんなの入ってないぞ」
「そのTシャツ、どこかで見たことがあると思ったんだが、○○会の青年部スタッフのTシャツだと思うんだ」
この言葉に慌ててTシャツを脱いで背中にプリントされている文字を読んだ私は呆然となった。
そこには仏教用語プラス○○リズムと書かれていた。


今までのことを友人に話すと、彼は床を叩いて大笑いし、私はシュンとなった。
そうだ、このTシャツを着ている人はその宗教団体では若手の指導的立場の人か、それに近い人と見なされていて、もし誰かが近くまで来たらそれは同じ宗教団体の信者で、そんな時はこちらから優しく声をかけるのが普通だったのだ。
それが近くまで行っても私が無言だったので相手はどうリアクションして良いか分らなかっただけ。
熱い視線は信者の人達の視線で、しかもどう見ても信者とも思えぬ奴がなんであのTシャツを・・・と不審な眼差しだったのだ。


「勘違いするにも顔と相談してからにした方が良いぞ」涙を流して笑う友人を尻目に私は他のTシャツに着替えた。
私のかなり傲慢な夏はこうして砕け散った。


それにしてもこの宗教団体信者の人達には申し訳ないことをしてしまった。
彼らにとって当然返ってくる言葉が返ってこなかった訳だから、そのショックは計り知れないものがあっただろう。
セコイことをした為に多くの人に迷惑をかけた事を深く反省している。


これ以後、仲間内で集まると、必ずこの話が酒の肴にされ、私は半ば伝説の「大たわけ」になりつつある。