「重複集合社会」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/07/26 05:49

2の倍数が集まった集合A群と、3の倍数が集まったB群、そして5の倍数が集まったC群はまったく接点が無いかと言うと、2と3を掛け算すると求められる6から、その6の倍数12、18、24と言う具合にA群、B群は次々と同じ接点を持ち始める。
またこれと同じようにA,B群共通の最も小さい単位6と、C群の5を掛け算して求められた30は、A,B,C群共通の接点であり、この倍数からA,B,C群共通の接点が60、90と言う具合に始まっていく。


2と3、5はそれが個体だとまったく接点がなくなるが、これが倍数で複数の場合は数が多くなるに従って接点は増えていき、大きな数ほど接点、つまり交わる部分が多くなっていくのである。
これは小学校で習う「集合」と言う数学上のものの考え方だが、そもそも数学とは自然の中の関係や、その因果関係を誰でも分かりやすい形にしようとしたものであり、自然や言葉にならないものを、人にもっとも身近な立場から示そうとしたものである。
従って数学の理論は人間の社会を現すものとして、また人間の思想を表す記号としての意味も持っている。


Pillarization:Verzuiling・・・、日本語に訳すと「柱状化社会」とでも呼んだら良いだろうか、オランダの社会は少し前までは、この冒頭に出てきた「集合」の理論そのものの社会形態を持っていた。
多文化社会形成モデルとして知られるこのオランダの社会システムは、宗教と政治的信条によって形成される「集団」(柱)が、それぞれに自由を認められ、平和的な共存を可能にする仕組みのことだが、分かりやすく言うとアメリカ社会にある例えば外国人街・・・、これに自由と自治権利を認める代わりに、アメリカ国民として果たさなければならない責務もまた課していく・・・と言う仕組みだ。


オランダは19世紀にカトリック教徒、プロテスタント各派などにその自由を認め、国民国家の統合を確保してきたが、各集団ごとに政党、労働組合、新聞、学校、病院などが設立され、各集団所属の住民はその集団の中で生きて行くと言う形態があった。
しかし1970年代、オランダは労働力不足に陥り、そこで移民労働者が大量に流入し始めた結果、やがてイスラム教徒が外国人労働者の主流となってしまった。


またこうした19世紀に始まった、言わば狭い社会の重複形式を古典的と考える社会思想から、1960年代を契機にこのオランダの集団(柱状)社会も次第に溶解し始め、現代ではすでに解体してしまったとも言われているが、これはそう日本における古い文化や慣習、しきたりが次第に消滅しつつあるのと原理は同じことである。


しかしオランダでは信教、教育の自由と言った基本原則や仕組みは今も残っていて、そうしたシステムに支えられて、大量に流入してきたイスラム教徒も、独自の集団(柱)を形成するようになっていったものと思われているが、1990年代から移民2世、3世の失業率が増加していった背景から、この弱くなっても残っていた集団(柱状)社会が、イスラム系移民の集団(柱)を宗教上、慣習文化上受け入れられないケースが続出し、こうした移民2世、3世が社会的不適応とされる問題が起こってきた。


これに対してオランダ政府は労働、教育政策などを統合する政策、つまり集団(柱状)社会に逆行する形・・・、の政策を進めていったが、イスラム社会を糾弾していた映画監督テオ・ファン・ゴッホが2004年、移民2世の青年に暗殺される事件などがあってから、現在多文化主義モデルの見直しも進められている。


この柱状社会の考え方は、古代ギリシャのポリスの構想とも似ていないことは無いが、古代ギリシャのポリスはそれぞれの独立性が極めて高いことであり、柱状社会は同じ国土内での重複がある点で、決定的な差があり、またそれぞれの集団と言っても、カトリックとプロテスタントと言った具合に、対立しながらも、共有できる文化同士なら、つまり数の集合でも2の倍数と3の倍数の接点なら最初は6だが、これにイスラム教が入ってくると・・・、つまり5の倍数が加わると、いきなりその最初の接点が30にまで跳ね上がってくると言う問題点がある。


だがこれからの国際社会は情報、経済の観点から他民族、多文化国家の形態にならざるを得ないことから、問題点は多いとしても、このオランダの集団(柱状)社会のモデルは1つの指標となるのではないだろうか。


10年近く前、多分まだ15歳の少女だったと思うが、日系ブラジル人だった彼女は付き合っていた男子大学生の子どもを妊娠していたが、保険もなく、結局自分1人で出産しようとして失敗し、死亡しているのが後で発見された・・・と言う事件があったが、こうしたことは制度上有り得ないことだから・・・と皆が無視し、また付き合っていた大学生もその責任を放棄したことから起こった悲劇だった。


しかし幸せになろうとして日本へ渡ってきて、一見優しそうな大学生の子どもを身ごもり、そしてそのことから棄てられ、たった1人で子どもを出産しようとした15歳の少女は、どんなに不安な思いのまま死んでいったことだろう。
そしてこうしたことは「間違い」「手違い」のようにしか考えない日本社会の形式主義は、同じ悲劇を繰り返すに違いない。


オランダの社会はこうした点から見ると非常に現実に即した社会システムを持っている。
すなわちそこには、有り得ないことは誤差としか考えない社会と、有り得ないことでも実際に起これば、これに対処する社会の違いがあり、こうした考え方の差は、早くから多文化国家としての歴史を持っていたオランダだからこそと言えるだろう。


日本もこれから少子高齢化社会を迎えるに当たり、また活発な経済活動を望むなら、どこかでは異民族多文化国家とならざるを得ないのではないか・・・、そしてこうしたことに対処できる心の準備が必要になってきているに違いない。
まずは緊急に医療保険制度から考える必要があろうか・・・。