2018/07/27 05:31

輪島塗の下地工程の中で最も重要な工程の一つである「布着せ」、寒レイ紗などの布を素地に漆で貼り付け補強する工程で、寒レイ紗などを裁断する時、寒レイ紗を切るとは言わない。


布の裁断は「たつ」と発音し、これはどちらかと言えば「裁」や「絶」に近い概念がある。

すなわち「切る」は後の秩序にまでは及ばないが、「裁」や「絶」は後の秩序に及ぶ概念がある為で、こうした言い方は昭和40年ごろまでは縫製などの分野でも使われた言葉だが、現在では縫製関係では「裁断」、輪島塗でも「たつ」と言う言い方は少なくなり、若い年代では「切る」と言う表現をする者も出始めている。


またこの布を張る事によって為される素地補強だが、基本的に素地の補強にはならない。

製作者の気持ち、情念として布を貼ったから強度が増したと思う気持ち、その点に本質が有り、布を貼っても本質的素地の強度を超えて素地を維持することはできない。


もっと言うなら、壊れた時、破断面から布が出てくる事によって、「これだけの仕事をしていたんです、これだけの事をしても壊れるのは仕方がないんです」と言う弁明を形にしたものと言えるかも知れない。


寒レイ紗などの布は適当な幅で器物を一周する長さに裁ち(たち)、この場合現在では「バイアス」と言って繊維が45度の角度になるように斜めに裁つ方式が一般的だが、これは椀に対する布のかけ方で、布の最大強度は長さに相当する繊維方向が幅に相当する繊維方向より圧倒的な強度がある事から、布の最大強度は長さに相当する方向に平行方向に貼るのが最大強度になる。


しかし、この方法だと伸縮性が無く、漆と共に乾燥する過程で横方向のみが縮み、平行方は縮まない為、素地が椀などの曳き物の場合、歪みを発生させる恐れがある。

この為に布を45度に傾け、乾燥過程で布の伸縮性を発生させる効用が「バイアス裁ち」の必要性を生んだのであり、これが万能なわけではない。


四角い「お重」などの器物には長さに相当する繊維方向と同じ方向で布を裁つ「縦取り」が有効であり、強度は無いが上縁が極めて薄い杯(さかずき)などの場合には、繊維幅方向に対して平行な「横取り」が有効な場合もある。


元々こうして素地を補強する概念の始まりは「麻布」、しかも割りと粗めの麻布が始まりで、確かに古代に使われていた麻布なら素地補強としての意味も有ったのだが、近代からこれは「サラシ」などの綿織物に変化して行き、決定的だったのは明治以降、綿織物が市場で爆発的に出回り消費が増え、それに比例して麻布の消費は後退、これに連動して綿は手に入り易いが麻布が手に入りにくくなって行く。


この過程の少し前から輪島塗の「布着せ」に使用する布は麻布から綿の「寒レイ紗」に切り替わっていったのであり、現在ではこうした強度に対する思いから、現代の麻布を使おうとする動きもあるが、これは意味を為さない。


古代の麻布は原始製法であり、この場合は麻の繊維が1本丸ごと通っているものを1本の糸として編まれている。

しかし現代の麻布は麻の繊維を粉砕して綿状にしたものを糸として編まれている為、確かに布だけ見れば綿の「寒レイ紗」よりは強度があるが、これが漆に接触すると、漆の乾燥硬度に負けてしまい、つまり漆と一緒にいとも簡単に割れてしまうのである。


現代版麻布は、確かに素材は麻だが、こうした意味では古代の麻布とは全く別の麻を使った綿織物なのであり、繊維のときは確かに寒レイ紗よりも強度があるが、漆によってその繊維の強度を失うと言う点では寒レイ紗と全く変わらない。


更に糊付けが為されていない現代の麻布は、適当な幅と長さに裁つ時、繊維としての平面性、硬さを持たないことから思うような幅や長さに裁つ事が難しい。


輪島塗で寒レイ紗を裁つ場合、伝統的に「うす刃」と言う「臼」(うす)の形をした刃物を木の定規に当てて裁つのが一般的だったが、これも現在では「うす刃」を「薄刃」と考えているケースも多く見られ、更には前出の「粉砕麻布」などを裁つ場合には、繊維が柔らか過ぎてこの「うす刃」は使えない。


鋏(はさみ)で「切る」と言う事になって行く訳である・・・・。