「茶坊主」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/07/28 05:45

田舎に住んでいると、何か集まりがあって出かけて行けば、集まっている人の殆どが自分の父親や母親くらいと言うケースが多い。


そう言う場では何かしら自然に無言の圧力が加わってきて、どうしてもお茶などをお入れしているのが自分になって、ついでに「先生、御無沙汰しております・・・」などとついつお心にも無いお世辞も言っていたりするが、こうした習慣と言うものはなかなか抜け切らないもので、他の割と若い年代が集まっている会合でも、なぜかお茶をお入れしているのが自分になっていたりする。


そして「○○さんの御活躍は本当に私もみならいたいと・・・」などと、ここでもかなり年下の人にお世辞を言っているものだから、同年代の知り合いがいると「お前も結構いい立場なんだから、そんな茶坊主みたいな真似はよせ」と言われる。


だがこのブログの始めの方にも書いたと思うが、私はエレベーターすら待っていられないほどのせっかちだから、黙って座っているのがとても苦手なうえ、何か人からものを貰ったり、何かされたりするとプレッシャーを感じてしまうのだ。
例えそれがお茶1杯でもそう思ってしまうから、いつも自分が先に動くことにしてるし、そもそも確かにお世辞なのだが、その時は心から言葉どおりのことを思ってもいるのだ。


昔やはり駆け出しの頃、こうした会合や会議に出ると、巨匠、先生という感じでみんなドーンとしていて迫力があったし、駆け出しの若造がお茶を入れたくらいでは、言葉一つもないのが普通で、「若い者はどう思う」などと意見を聞かれて、正直に思うことなど話そうものなら「ばか者」と一喝されて終わりだった。


本当のことを言うと私も時々「ばか者」とか言いたいこともあるのだが、つくづく50代と言うのは「損」な年代だったと思う。
若い時には「ばか者」で一蹴され、今度は自分がそうした年代になったら、なぜか昔の巨匠や先生方は私達より更に若い、「こんなの作ってまーす」の女の子や都会から来て「頑張ってまーす」の青年達の感覚が素晴らしい、「お前ら50代は本当に才能がないと言うか、つまらん」で、結局ずっと評価されないままなのである。


その結果、20近くも年が違う若い女の子に私がお茶をお出しして、見るに見かねた同年代の知人が「そんな惨めな真似はよせ」となるのだが、残念ながら私がそうしているのは卑屈になっているからではないのだ。


若い時はたまに人の夢や希望が、自分の希望と重なったように見えたこともあったが、
こうした年齢になってしまうと、人の夢や希望と重なるものがなく、特にこうして団体で「業界の発展」や「地域経済への貢献」を語っても、自分とは噛みあわなくなってきてしまった。
私は「私利私欲」のために働いているのであって、地域や社会への貢献は利益を出して税金を払うことだと思うし、まず考えなければならないのは、家族とスタッフの幸せであって、それが満たされて初めて地域や社会への貢献を考えるべきだと思っているので、こうした組織内での立場や地位には関心がないばかりか、もう崩壊すべき時が来ているように思っている。


だから「楽しんで頂けてなんぼ、笑っていただけてなんぼ、の世界、お笑い芸人をやっているのだが、これはある種の「ええじゃないか」でもある。
どうせ壊れて行く、終わってしまうものなら面白おかしくそうなって行くのも楽しいかも知れないと思っているのだ。

そして他の者はともかく、私と私の関係者だけはこの世界で生き残って見せる、チャンスがあったら、必ずまた世界を狙ってやる。そう言う傲慢な野心があるからこそ、笑ってやれる茶坊主なのだ。


ちなみに私の仕事場では、勿論うら若き?女性代表がいるのだが、大概の人はここへ訪れると、当然彼女がお茶を入れてくれるものだと思っているが、実は50男の私が汚い手でお茶をお出ししている。
どうしてかと言うと、彼女は仕事をしに来ているからで、お茶くみ、掃除、雑用は後継に道を譲った私がすべきことだからだが、それ以前に「ああ、お茶をお出しして」と偉そうに若い者を使う、そう言う態度が大嫌いだからだ。


もしかしたら、私の数少ない才能とは「茶坊主」だったか・・・・(笑)