「転校」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/08/18 07:25

数年前のある日の事だが・・・・。

「おお、景気はどうだ」「いやー散々だな」
こうした挨拶が当たり前になってきたが、日曜日、久しぶりに知り合いのところへ遊びに行っていたら、そこの子どもで小学4年生の女の子が、「今日は午後からお別れ会がある」と言って慌てて支度していたので、「こんな時期に何のお別れ会だ」と尋ねたら、仲のいい同級生が明日引っ越すので、お別れ会は今日しかないんだ、との話が返ってきた。


随分急な引越しだなと思っていたら、知り合いが、「仕事が無くて少し都会で仕事を探すらしいんだが、それも40過ぎると厳しくてな」と缶コーヒーを差し出した。
何でも完全に仕事が無くなったので、この町を出て働くことにした両親に付いて行く為、子どもも転校していくことになり、それで今日のお別れ会になったらしい。


この話を聞いた私は、随分前のことになるが、やはり今のように景気が悪くて、辛い時代のことを思い出した。
当時まだ会社に勤めていた私は、上の子が今のこの子よりもう1年上、小学五年生くらいだったと思うが、よく社長から子ども達のお守り役を頼まれ、何かと甘く、お菓子を買って貰えるので、彼らも私になついていたが、ある日この内長女が、学校から泣いて帰ってきたことがあり、どうしたのか尋ねたら、仲の良かった同級生が今日から突然いなくなり、家へ行ったけど誰もいなかった、と言う話を聞いた。
それで社長にそのことを話すと、社長はその家の人が昨夜、夜逃げしたことを教えてくれた。
この時社長の長女は、そう言えば○○さん、昨日「家にはもうお金が無くなったんだ」と話していたことを思い出し、さらに泣き出してしまった。


また当時この会社は、会社と言っても従業員が自分を含めても6人しかいない程度のものだったが、それでも「使ってもらえないか」と訪ねて来る人が、月に2人はいた。
高台にある松の木の枝で首を吊る者も年に3人程いた年もあった。ひどい時代だった。
だが、今はそれより仕事が無い時代になったが幸いなことに自殺者はいない。
してみれば、ひどいひどいと言いながらもまだあの頃よりは日本は豊かなのだろう。


NHKでドラマ化された「海峡」と言う番組だったと思うが、嵐の中で船から船へ一枚の板を渡って乗り移る場面があり、板の下は鉛色の荒れた海、幼い姉妹がそれを渡るのだが、怖がっている妹を前で励ましながら板を渡っていた姉が、ふと振り返ると後ろを歩いていたはずの妹の姿がなかった。
大声で妹の名前を呼ぶ姉、しかしそれを船頭か船主かは忘れたが、長靴を履いた中年の男が黙って抱え、板を渡らせる、そう言う場面があったが、不景気になると私はなぜか、このドラマの1場面と社長の長女の泣き顔を思い出す。


辛くても終わったことを悔やんでいる間に自分が死んでしまうとしたら、助かった者は何も言わずに自分の幸せのために全力を尽す。
それが生き残った者の使命であり、義務だ。


もうあんな暗い時代は見たくないが、もしこのまま不景気が続けばまた、あのような時代が訪れるかも知れない。
今この瞬間にも辛い選択を考えている人もいるかも知れないが、そうした人に言うことは「どうか、どうか頑張って生きて欲しい」それだけだ。