「残念、予選落ち~」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/10/04 05:46

今はもうこうしたことも昔話になるのかも知れないが、テニスの試合におけるジャッジの権限は絶大で、例えジャッジミスがあったとしても、これに異論をはさむことは出来なかった。
それで明らかにジャッジミスがあった場合、そのジャッジで有利になった選手は、次の場面で1度わざとミスをしてプレーの公平さを保ったと言われている。


長女が小学生の頃の話だが、私は学校の大会で優勝し、市の陸上競技大会に出場することになった長女を連れて、その競技場まで足を運んだが、どうせ予選落ちだろうと思い、帰ってからまた出てくるのは面倒なので、競技が終わるまで待つことにした。
どうも人前で自分の子供を応援するのもバカっぽいし、かと言って他の親のように、毎日顔を合わせている子供をビデオ撮影するのもアホらしい、それで昔少しだけやっていた走り高飛びでも見学しようと思ったのだが、たまたま走り高跳びはやっていなくて、仕方なく隣で走り幅跳びを見ていた。


さすが、各学校の優勝者達だけのことはあって、記録はなかなかのものだったが、一人の女の子がスタートを切ったときだった。
小学校低学年くらいの男の子がその選手の走っていく先、つまり砂場を横切ってしまい、それを気にして助走速度を落としたこの女の子は、満足に飛ぶことが出来ずに終わってしまったのだった。
普通こうした競技は2回記録をとって、良いほうを記録にするのだが、どうもこの女の子の場合すでにこの競技が2度目だったらしく、ひどくがっかりした顔で砂場を去っていこうとしていたが、この時審判の50代くらいの男性は、砂場を横切った男の子に「だめじゃないか・・・」と言っただけで、そのままメジャーで距離を計り、競技を終わらせようとした。


これには見ていた私が腹が立って、審判に抗議した。
こうした記録競技は妨害が入ったら記録を取り直すのがルールだ、今のは明らかに妨害であり、記録は取り直さなければならない・・・私は審判の男性にそう言った。
だがこの審判、「強化選手じゃないから記録は1回取れればそれでいいんですよ」と面倒くさそう答え、その場を去っていこうとしたので、私は更に続けた「子供の競技や記録に不公平があれば、その子は次からやる気を失う、スポーツの審判は公平でなければ記録として成り立たない」


だが、相変わらずぶつぶつ言って記録の取り直しをしないこの審判に、私は名前を尋ね、大会本部へ直接抗議することにしようと思ったのだが、意外にもこれを止めたのはこの選手の父親だった。
「いいんですよ、どうせ県大会へ出れるほどではないし、これでもめて学校でいじめられたら困りますしね・・・」
その父親は女の子の手を引いて並んで私に「ありがとうございました」と言ったが、彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。


強化選手・・・実に嫌な響きだが、どの学校でも記録を出しそうな優秀な選手は目をかけて育てるが、その他はこうした選手の盛り上げ役くらにしか思っていなくて、そうした意味では学校、審判、スポーツ主催団体と言うのは一つになっていて、こうした強化選手と呼ばれる選手は普通より多くの恩恵を受けることが出来る。
例えばジャッジ、器具や備品などの優遇、記録が悪くても引き上げるなどの優遇があるし、審判とも顔見知りになっている場合が多いのだ。


高校生のバスケットボールだと強化チームになれば、不利な試合でも審判に圧力をかけ、強化チームの対戦相手チームの反則を厳しく取って負けさせる事だってできるのだが、こうしたことは表には出ず、たまに「なんかこのジャッジはおかしい」と言う試合の裏側は、かなり組織的なアンフェアが行われていたりする。


優しそうな父親、そして大人しそうな女の子、いい加減な審判によって彼女がうしなったものは余りにも大きいことが分かるのは、きっと彼女が大人になってからだろうと思う。


もう10年以上前かも知れないが、私はあるマスコミ関係の男に頼まれて、長距離走の試合を代理取材したことがあって、この日は朝から今にも雨が落ちてきそうな天気、一応大会は始まったが途中から雷を伴った激しい雨になった。
次から次へとゴールしてくる選手達、そして恐らく最後の選手と思われる選手が帰ってきて30分くらいは経っていただろうか、
観客や私達取材陣も帰ろうと後片付けをしていたその時だった、ヨロヨロになって倒れそうな、男子高校生の選手がグラウンドへと入って来たのである。


バケツをひっくり返したような激しい雨の中、その高校生はゴール手前で立ち止まったかと思ったら、ガクっと膝を落とし両手を地面につけ、苦しそうな呼吸は体全体を大きく揺らしていた。
始め何が起こったのか分らなかった観客は、この時点でようやくことの次第が理解できた。


慌てて大会関係者が駆け寄った、だがその選手は自分で立ち上がり、また歩き出した、顔やウェアに着いた泥が瞬く間に雨に流され、苦しそうに開けた彼の口にまでそれは流れ込んでいた。
会場からは大きな拍手が巻き起こり、やがてそれは「頑張れー」と言う声援に変わっていった。
そしてゴールラインを超えた瞬間、うつむせに倒れてしまった。
激しい雨の中、多くの人が彼の周りに駆け寄り、彼は一人の男性に背負われて建物の中へと運ばれていった。
翌日の某新聞、片隅に小さくだがこのことが載っていたが、無理やり頼んだのは私だった。


「おとうさーん」・・・。
コンクリートの側壁の低いところで座って、ボーっと昔のことを思い出していた私は、長女の嬉しそうな声で現在に戻された。
「おっ、どうだった」
「ざんねーん、予選おちー」
やっぱりな・・・。


※この記事は2009年、他サイトに掲載した記事より、抜粋したものです。