「庚申待ち」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/10/19 05:48



時は徳川将軍様の時代、江戸の町では時々みなで集まり、酒も加減しながらチビチビ飲み、それでいてそろそろ家へ帰るのかと思えばそうでもなく、つまらない話と古女房で朝まで大騒ぎ、方やバクチに興ずる者と、なぜかみんな一晩寝ない夜があった。


これが世に言う「庚申待ち」の夜だ・・・。
江戸時代には一大ブームとなったこの信仰は現在では知る人も少なくなったが、今夜はこの話をしておこうか・・・。

「庚申待ち」とは人間の体内にいるとされる三尸(さんし・尸は屍または何かを司るの意味)と言う虫に話が始まるが、三尸と言う虫は庚申(こうしん・千支で表される日の一つ)の夜、寝ている人の体内を抜け出て、その人の犯した罪や悪行を天帝に告げ口すると言われていた。


そして天帝はこうした三尸からその人間のいろんな所業を聞き、それで人間の寿命を決める・・・一般的にはこうした場合寿命は短くなるのが相場だろうが・・・そう言うことになっていた。


それで庚申の夜、この三尸が体を抜け出し天帝に告げ口できないように、夜は寝ないで過ごす・・・と言うのが「庚申待ち」だ。
だが面白いのは、なぜか人々は悪行や罪を犯すことを止めようとは考えず、虫の告げ口を封じることを考える点だ・・・とても人間らしい考え方に好感が持てる。


この三尸・・・面白い事には1匹ではなく、上、中、下の3匹の虫だと言われていて、上は人の頭にあって視力を奪い、顔に皺をつくり、白髪を増やすとされているが、中の虫は人の腹の中にあり、五臓六腑を傷つけ、また悪夢を見させると言われ、暴飲暴食を好むとされていて、下の虫は足にあって、人から精力や命を吸い取ると言われている。


「庚申待ち」の発想からすると、人間はただでさえこうした三尸によって、いろんなものを吸い取られているのに、その上天帝に告げ口までされて、寿命が縮められた日には生きる時間がなくなってしまう・・・と言うことなのだろうか。
当時庚申の夜はあちこちでバカ騒ぎが起こり、踊り明かし、飲み明かし、バクチや喧嘩三昧・・・また静かにしていると眠ってしまうからと大声で騒ぐ者と・・・ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。


庚申の三尸の発想は恐らく中国の道教にその端を発しているだろうが、この尸は日本の陰陽師達には天文の神とされていて、これ自体は全く根拠のないものなのだが、なぜか天文をつかさどるもの・・・になっている、そして一般大衆の間では疫神の一人と言われている「青面金剛」信仰となっていたり、道教で言う天帝が帝釈天だったり、閻魔大王だったり・・・更には三猿にかけて、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三匹の猿などと混同されていたりで、訳が分からないことになってしまっている。


つまりその地域で独特の風習や、その地域独特の民間信仰と混じって、三尸も天帝も別のものに置き換えられている場合が多く、その結果詳細を説明できる者が誰もいない正体不明の信仰となっている。
また虫は三尸のほかに九虫がいることになっているが、これは三尸九虫三符などの秘符で一挙に祓われることになっている。


三尸の正体は、実は老化、不摂生、と言うものに対する恐れ・・・そしてこれは人間の煩悩、「業」と言うものを指しているように思う・・・が、「庚申待ち」を知らなかった私は、今まで何回の庚申で眠ってしまったのだろう・・・三尸がしっかり仕事していれば、今頃天帝が大激怒しているに違いない・・・。