「日本人とルネサンス」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/12/02 06:17



日本人が大好きな言葉の中に「ルネッサンス」と言うのがあるが、このルネッサンス・・・文芸復古とも訳されるが、その言葉の本質は何か分かったようで分かりにくい・・・。
また日本ではルネッサンスと発音している者も多いが、実のところ「サ」の発音はそれほど強くないことから、ここでは「ルネサンス」と発音させて頂くことにしたが、今夜少し格調高く、このルネサンスを考えてみようではないか・・・。

ルネサンスと言うと、文化芸術の復古革新を意味しているように思うかもしれないが、その背景にはイタリアルネサンスの口火を切ったのが、人文主義者たちであったこと、人文主義(ヒューマニズム)はもともとギリシャ・ローマの古典文献研究を言い、こうした古典の研究者が人文主義者と呼ばれたことから、復古のイメージが強いが、その古典の中から新しい「人間と自然の発見」・・・新しい人間観、世界観へと昇華していったものを指し、決して単なる古典への回帰や哀愁ではないことを理解しておかなければならないだろう。


またルネサンスとはそれ単体と言うより、ルネサンス、ヨーロッパの地理上の発見と、宗教改革をセットにして考えないと良く理解できない・・・これらはヨーロッパの近代化を告げる最初の重要なポイントで有るが、こうした事象には確かに新しい精神性が強く現れていて、例えばルネサンスにおいては、今までの「神」中心的な考え方に対して、人間中心的な考え方、人間の個性とその自覚がはっきり見られるし、地理上の発見、大航海には未知なるものを求めて進もうとする冒険的な人間の情熱、古い殻を破って新しい天地を求める自由な精神が伺われる。


そして宗教改革には腐敗堕落しきったカソリック教会に対する批判精神、純粋な信仰に生きようとする新しい宗教的情熱も感じられ、そうした意味では古いものを打破し、改革しようとする性格が見て取れるが、歴史は必ずしも一面からは判断できない。
ドイツやイギリスではルネサンスと宗教改革は不可分の条件となっていたが、イタリア・ルネサンスは確かに文化面では華々しい側面があっても、宗教的にはカソリック信仰と深く結びついていたし、ルターやカルヴィンの教義も、真に個人的な信仰の自由を確立していたとは言い難い。


また地理上の発見にしても、12世紀以来の十字軍運動、特にイベリア半島における国土回復運動の延長線上と見るべき性格も持っている・・・皆がルネサンスと言って思い浮かべる時代14世紀、15世紀、そして18世紀末ごろまでの時期は、明確に新旧が入れ替わっていたのではなくて、古いものと新しいものが拮抗しながら、次第に近代ヨーロッパ(市民社会)が形成されていったのであって、今日我々が抱くような、ガラリと何かが変わるようなものではなかったのである。


そしてルネサンスの精神は大まかに次の要点がある。
その一つは「現実の肯定」と言うものだが、封建社会の解体と都市の発展などの社会的機運を背景に、封建的伝統によって束縛されない自由、独立の精神と合理主義精神が芽生え、自然や人間を神中心的な見解から解放し、現実をあるがままに肯定する・・・人間を人間として理解し、その独自の価値を承認する考えが発展してきた。


「うるわしの青春も、とどむるによしなし、さあれ人々よ・・・今を楽しみてあれ、明日は定かならねば・・・」ロレンツォ・デ・メディチの言葉は現実生活の肯定と、享楽を示すものである。
また「人間は自らの欲するままに自らを形成しうるのであり、神のごとくにも、獣の如くにもなりうる力を持っている」としたのは15世紀の人文主義者ピコ・デラ・ミランドラであり、人間性の絶対的肯定が現されている。


そして二つ目は個性の尊重と自覚について・・・この現実的人間の肯定は、神の模倣物としての人間と言う、キリスト教的価値基準を崩壊させる意味があり、そこから何者にも拘束されない個人、自覚した我、精神的存在としての個性を持つ行動的な個人と言う思想が現れた。
「万能の天才」は究極として現れる・・万能の天才の典型アルベルティは、「人は欲しさえすれば、自分の力で何事でもできる」と断言した。


またこの個性の解放、尊重は「私の仕事の目標は名誉である、幼少の時から自分の名の不朽なるを望んできた」・・・とペトラルカをして語らせ、ここに強い近代的な名誉欲を生み出し、更に強烈に自己中心的な考えに発展していった。


人間の表現・・・これが三番目になろうか・・・この個性の尊重が人間の心の動きや、感情などへの深い関心をもたらし、例えば文学における性格や心理の描写、絵画における肉体美の表現などにも影響を与えていった。
聖母マリアは神の子の母、天国の女王としてではなく、地上の1婦人としての理想像として表現される・・・、ボッティチェリは聖母マリアを女性美の典型として描いたが、それはフロレンスやベニスの家庭や、街頭で普通に見られる女性の姿であり、こうして美の世界でも、信仰からの解放が始まっていったのである。


また自我の肯定は個人主義の発展を促し、その個人主義はまた「我が故郷はこの世界・・・」と言う民族や地域を越えた、人間と人間が人文主義的教養によって結ばれようとする、世界市民「コスモポリタン」の思想へと繋がる。


長くなった・・・がこれが最後・・・自然は神によって作られ、人間を乗せる台座にしか過ぎない、と考えられていたキリスト教的自然観に対して、自然それ自体の持つあるがままの美しさが表現されるようになり、岩石や樹木そのものの美しさを認め、自然美を称えて登山の為の登山を試みた、(つまりそれまでは理由がなければ登山はしなかった・・・と言うことだが)ペトラルカのヴァントゥール山登山は、こうした自然に対する新しい感覚の現われである。


このような感覚は更に自然の認識にまで進むが、それはあるがままの自然を背景に、あるべき自然の姿、法則的な自然を見出すことにまで発展し、絵画における遠近法、肉体描写における解剖学の研究などに繋がっていき、この自然の認識が、近代自然科学の出発点となっていったのである。
レオナルド・ダヴィンチの「モナリサ」は実に7人とも9人とも言われる女性の解剖によって描かれていると言われている・・。


私はこのルネサンスと言うものが、とても傲慢に感じて余り好きではなかったし、人通りの少なくなった商店街の再開発に○○町ルネサンス・・・とか言う名前をつけることに非常に違和感があった。日本人のルネサンスは、その精神と反対側の考え方で使われているような気がするのだが・・・