「漆の顔を見る」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2018/12/15 05:56



黒漆の中に入っている水酸化鉄、朱色の中に入っている水銀朱もそうだが、これらは分子的には粒子で有りながら、その分子の細かさゆえ、漆が乾燥するまでの時間に完全沈殿する事ができず、漆の表面層近くにまで乾燥固定されて滞留する。


漆の色は基本的には茶色が混じった半透明色であり、しかしこの半透明色は透明に向かう半透明色である。

この為漆には色が無いものと概念しなければならない事から、漆が塗りあがった調子を見る時、近年の漆器知識人の中には「漆の色を見る」などと、もっともらしい事を言う者も存在するが、古来より漆の調子を見る事を「漆の顔を見る」とした歴史的な表現の方が漆の概念には近い。


滞留した色素が太陽光や蛍光灯、或いはLEDの光を漆の層の中で乱反射させ、そこから柔らかい光の層が複合的効果を持って表面光沢を形成する漆の光沢は「色」と言う表現では言い表す事ができないのである。


生漆の場合、確かに塗った直後は漆によって茶色の深さは異なるが、1週間もすればその色は殆ど同じになり、この漆の色は環境に拠る変化と時間に拠る変化であり、生漆の色はどのような漆の色も基本的には同じで、日本産の漆でも同様、最後は透明になろうとするものなのである。

従って漆の色に拠ってその漆の性質を知る事はできず、中に含まれる微粒子の乱反射に拠って、或いは艶のある成分を含むか否かの区別は有っても、色に拠ってその漆を測ることはできず、ここで「漆の色を見る」と言う表現では如何にも浅い。


漆の表面光沢の簡単な原理は「メタリック」に近い。

メタリックの場合は塗料の中に重く鏡のような反射をする微細粒子を下に沈殿させ、これに拠って入射光と反射光の複合で塗膜を立体的に見せる塗装方法だが、このメタリック粒子を色素に置き換え、しかも無段階に色素の反射光と入射光が入り乱れた状態が漆の表面光沢と言える。


もっと分かり易く言うなら、例えばギアが有って変速段階が有るオートマティックの自動車と、このギアが物凄く細かくて、しかも変速が何百もの段階を持っていたら、後者の場合運転している人間は変速の衝撃を全く感じずにギアが変速しているように感じる。

この無段階変速が漆の光沢なのである。

最後には透明に向かうものに色は無く、ここで見ているものは、厳密に言うなら漆の中に含まれている不純物や添加物、イオンや、光線の「在り様」を見ている事になる。


それゆえ、漆の光沢を見ている時は周囲の環境と、それに対して漆がどれほど乾燥を進捗させているか、漆の中に何が含まれているかを総合的に見ている事になり、連続性の一瞬を見ている事になる。


古くから伝わる漆塗りの技術では、こうした事を経験と敬虔から直感的に概念し、それゆえ「漆の顔を見る」と言う表現が出現してきたのであり、これが現代に至って「色を見る」と言う表現が出てくると言う事は、それだけ漆と接する機会が少ない、或いは平面的な知識だけで考える者が増加していると言う事なのだろう。


漆には色んな顔がある。

人間と同じように穏やかな時もあれば、やんちゃな時もある。

自信なさそうに見える時、或いは「どうだ」と胸を張っている時も有れば、静かに佇んでいる時もある。

しかしそれらは必ずしも漆独自でそうなるのではなく、温度や湿度、また太陽が出ているのか曇っているのか、雨が降っているか、寒いか暖かいか、それに塗った者が焦っているか落ち着いているか、彼に金が有るか無いか、家族が円満に暮らしているか否か、と言う周囲の環境に拠って変化してくるものでもある。


漆の顔を見ている職人は、そこで何を見ているかと言えば、もしかしたら自分自身の在り様を見ている事になるのかも知れない・・・・。