「アカデミズムと現実の衝突」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/01/22 19:52

この世界に「客観」と言うものが存在するならの話になるが、例えば政治の本質である「調整」に鑑みると、対立する2つの意見が存在する場合、このどちらかに傾いている者は調整の機能を果たせない。

対立するどちらか一方に傾いている者は「当事者」か、これに準ずる性質を帯びている事から、調整はこの対立の外に在る者で無ければ客観性を失うからである。


この意味で言えば、政治の究極は政治の外に在る事になるが、これの最も近い形が「天皇」の在り様であり、大概の事象の本質は同様の命題を持つ。

当事者は究極的客観性や合理性の外に在り、逆に言えば客観性や合理性は当事者と言う性質を滅失したものと言う事が出来る。


政治やアカデミズムと言うものは、こうした客観性や合理的判断から、必ず当事者と言う「現実」から乖離した状態を必要とし、為にアカデミズムは現実を希釈するか、積み上げられた情報に拠って判断する事によって、多くの現実を歪める性質も併せ持ち、この客観性に拠って歪められた現実と眼前の現実は対立する。

ここに客観性で在ろうとする事は既に一方の当事者としての側面を生じせしめ、眼前の現実と対立した時から、客観性の外に堕ちるのである。


当地でも12月5日は「田の神信仰」が神事として、長い歴史を持って継承されてきたが、これが近年崩壊しかかっている。

この原因の一番大きなものはアカデミックの侵入であり、人口の減衰と高齢化に拠ってそれまでの神事が衰退して行く状態を守ろうとする考え方、いわゆる「文化保護」の概念から産官学の提携に拠って田舎に入ってくる研究機関や学生と、人と話す機会も少なくなった田舎の高齢者達、その中でも文化を語る高齢者との迎合、これに無尽蔵で節操を失った「都会への発信」と言う盲目的な報道信仰が加わり、これらの「客観性」が現実の場で発生している事、発生していた事実を歪め始めている。


能登地方の「田の神」神事は「あえのこと」と呼ばれ、「あえ」は「饗宴」の事を指すが、この饗宴は参加者の「宴」ではなく、むしろ供応(もてなし)と言う儀式の概念が強く、決して宴会ではないのである。

田の神信仰の古くは祖霊信仰と言われているが、古来死者は山に祀られ、山の神と同一視、或いはそのものと考えられてきた。

能登の田の神は夫婦で、共に稲の葉で目を突かれ盲目とされてきたが、この神が12月5日を境界にして「田の神」から「山の神」に帰る日でも有る。


すなわち田の神は家々の祖霊と言う性質も併せ持っていて、為に「田の神」は集合祭「宴会」ではなく、「神事」なのであり、供応も本来は家々の神事である事から多様性が存在し、古い文献でも地主と小作人の家では様式が異なるのが普通だった。


豪農の家では確かに現在執り行われているような海の幸や山の幸が供されたが、ここに使われる魚だけでも上は鯛から、下は魚が付かない状態まで存在し、むしろ「はちめ」と言う魚が付けられる家は豪農の部類に入るが、多くは藁筵(わらむしろ)を敷いて牡丹餅(ぼたもち)をお供えするのが精一杯だった。


その数の多きをして一般的と言うなら、能登の田の神信仰「あえのこと」神事では、海の幸、山の幸の満載の供応ではなく、筵に牡丹餅(ぼたもち)こそ「あえの事」神事と言うべきものかも知れない。


私が幼い頃、家は祖父が分家の初代だった事から、百姓と炭焼きが生業の貧しい家だった。

それゆえ「あえの事」で供されるものは、上縁が擦り切れて木が見えているお重に盛られた牡丹餅だったが、この村では裕福な家でも殆ど同じだった。

子供心にいつお供えしている牡丹餅が食べられるのか、親に何度も聞いていた記憶があるが、「田の神様が食べてからだから、明日だよ」と言われ、その明日が待ち遠しかったものだ・・・。

またこの日は絶対に兄弟喧嘩してはならず、しかし田の神様の邪魔にならないように静かにしていろとも言われた記憶がある。


「あえのこと祭」開催します。

当日は「あえの事」の料理をみんなで食べて田の神に感謝しましょう・・・。

参加費は一人3000円です・・・。

そう言う案内チラシが家にも配られてきたが、「あえの事」は祭りではなく「神事」であり、しかも集合祭では無い。


その家々に拠って在り様は多様性を持ち、画一した形など無いのが普通であり、この多様性もまた「あえの事」の重要な要素だった。

他に誇るものではなく、豊かな者は豊かなりに、貧しい者は貧しいなりに、それでも出来る限りの事を尽くすのが「あえの事」神事の本質ではなかったかと思う。


今年の秋は雨が多く、私の田もぬかるんでコンバインが入れず、泥の中を鎌で稲を刈っていた日が有った。

そのおり、夕方用事が有って一つ上の先輩のところへ行ったら、彼もまたぬかるんだ大きな田で、家族親戚一同して泥だらけになって稲を刈り、それを畦まで運んでいた。

修羅と言う言葉はこの為に有るような状況だったが、私を見つけた先輩は「おー、見ての通り地獄だ」と言いながらも穏やかな笑顔で、二つ返事で用事を引き受けてくれ、帰りには「俺は人手もあるが、お前は一人だ、無理をせんようにな・・・」と言って送ってくれた。


私や先輩が思う「あえの事」は神事だが、文化を守る為に来ている大学の学生や地域の文化人達は「あえの事」は祭りである。

客観性や合理的解釈が概念する保護と、現実の当事者にはこれだけ大きな開きがあり、しかも彼等には私など「文化を理解しない田舎者」にしか映らないだろう。


これが、アカデミズムと「現実」の衝突、客観性と現実の衝突と言うものであり、しかも年々「現実」と言う「当事者」は減少してきていると言う事である。


※本寄稿文は2016年12月2日、他サイト掲載用に執筆されたものです。