「私うれしい・・・」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/02/25 08:05

人間には生まれながらに強弱がついていて、これは決して生命力のことではなくて、腕力のことでもないが、その関係に措いて2人きりになった時、どちらか片方が必ず主導権を握り、そうかと思えば3人になったときは、2人では主導権を握れなかった者が主導的になったりする・・・そう男女、年齢に関係の無い「人間力」のような差がある。


私はどうもこの「人間力」が弱いのか、友人と同じように街を歩いていても、キャッチセールスに声をかけられるのは必ず自分だったし、宗教の勧誘でもそうだった・・・、また電話の保険セールス、新聞勧誘などがなかなか断れない、セールストークだと分かっていても、言葉でがんじがらめにされて、結局読みもしない新聞を3社も購読していたり、宗教勧誘の人の話を長々と聞いていたりするものだから、家族からは「勧誘が来たら出てはいけない」とまで言われているが、確かに妻や母などが一言でビシッと断っているのを見ると、凄いな・・・と思ってしまうのである。


かなり以前のことになるが、妻の母親が老人性のうつ病になってしまったことがあって、遠く離れた大学病院へ診察を受けに行ったときのことだ・・・、こうした病院へは余り来たことが無い私は、妻と妻の母と一緒にその精神科のフロアで診察の順番を待っていたが、こうした診察科目だから、どことなくみんな元気がないか、反対になぜか用事もないのにうろうろしている初老の男性とかがいて、やはり普通の感じではなかった。


歴史がある古い大学病院と言うものは何となく作りが学校に似ていて、診察室やレントゲン室が横にずーっと並んでいて、その前に広い廊下があり、そこに硬いベンチが並んでいるのだが、その待合所のベンチに3人で座っていたら、突然遠くから何やら賑やかな声が聞こえてきた。


「わたし、嬉しい・・・」「わたし、嬉しい・・・」と言う言葉だけを繰り返しながら、両親らしい50代の夫婦に付き添われ、走るように廊下兼待合所を歩いてきたのは、多分20代前半ぐらいの女性だったが、誰が見ても一目で精神障害であることが分かった・・・白いワンピースを着ているのだが、裾をめくって足を手で掻いてみたり、両親が何度もスリッパを履かそうとしてもすぐ脱いでしまったりで、「わたし、嬉しい」しか言わない、顔は笑ったようににこやかなまま、目は完全に焦点が合っていなかった。


恐らくこの女性は病院へは何度も訪れているのだろう、近くにいた女性看護士さんは「○○ちゃん、元気だっだ・・・」と声をかけたが、その返事も「わたし、嬉しい・・」だった・・・が、それよりもっとびっくりしたのは、その女性が次の瞬間看護士さんの腰を抱いて、お尻を撫で回し始めたことだった。


いくら女性同士とは言え、この光景にはこの場にいた17、8人の人、その内半分ぐらいは付き添いの親族だったろうが、思わずギョっとなったに違いない、わたしも思わず目を伏せたが、「あら・・○○ちゃん、えっち・・」とくだんの看護士は笑っているのである。
そしてカルテらしきものを持って診察室へ入ろうと、「暫く待っててね」と女性に言うと立ち去ったが、女性は今度は廊下を行ったり来たりし始め、父親らしき人や母親らしき人が座っている所から、わたしたちが座っているところを、何度も何度もスキップを踏みながら往復し始めたのである。


何となく、そうなるんじゃないか・・・って気がしてた・・・。
そうこの場面では、みんながこの女性を恐れていたし、みんな自分のところへは来ないでくれと思っていた、私もそう思っていたし、だから女性が自分の前に来るたびに下を向いて、目を合わさないようにしていたのだが、看護士さんのあの対応を見れば明らかで、彼女がさっきみたいなことをするのは、そう珍しい事ではないのだ。


やがてその女性は私の前でスキップを止めた・・・そして下を向いているわたしに近づいてくるのが分かった・・・そして次の瞬間、ひざまずいたかと思うと、下から私に勢いよく抱きついた。
彼女はわたしの頬に頬を摺り寄せるようにして「わたし・嬉しい・・・わたし・嬉しい・・・」といい続け、対応に困った私は周囲を見回したが、みんな見て見ぬふり・・・「あーあやっぱりな・・」と言う感じで、隣にいた妻でさえ下を向いて顔を上げようとはしなかった。
少し離れたところにいる看護士さんに視線で助けを求めたが、その看護士さんの目は「暫く我慢してね・・・」と言っていた。


万策尽きた・・・、わたしは覚悟を決めて女性の肩に手をかけたが、わたしが引き離そうとすると思ったのか、女性は更に私にしがみついてきた・・・ああ・・この感触には記憶がある・・・そうだ淋しさと不安だ・・・。
人間は淋しさと不安がつのると、人にこう言うしがみつき方をする・・・、「わたし、嬉しい・・・」としか言わないが、この女性は不安なんだと気づいた私は、体の力を抜いて彼女の思うとおりにさせることにしたが、彼女は更に強くしがみついてきた。


時間にしてどのくらいだろう・・・恐らく1分も経過していまい、だが私には10分以上にも感じたが、そのうちさっき診察室に入って行った看護士さんが、診察室から出てきた・・・「あーら、○○ちゃん、良かったね・・・」と言って私に近づくと、女性の脇を抱えて私から離すと、手を繋いで今度は一緒に診察室へと入っていった。
その後から彼女の両親が、私の前を通って診察室へ入っていったが、その通りがけ、2人は私に「すみません、ありがとうございました」と頭を下げていった。


両親が気の毒だった・・・恐らくこの両親が死んでしまえば、彼女は1人で生きなければならないだろう、それを思うと私は胸が締め付けられる思いがした。
生物は進化のメカニズムとして、必ずその種族に3% 程の奇形を起こさせる。
その奇形の程度は軽いものもあるが重いものもある・・・、そしてこうした奇形は自然現象だろうが、人為的だろうが、あらゆる手段で同じ比率を持っていて、非常に不安定な存在で、生命力も弱い場合があるが、実はこの奇形の不安定さが自然環境が変わっていくとき、柔軟に対応し、次の次くらいの世代で完璧に変化した環境に順応した生命体となっていくのであり、地上の全ての生物は、こうして自身のうちから不安定なものを敢えて作り出し、それが次の進化の原動力になっている。


だから奇形がなければ生物の進化もないのだが、この奇形はあらゆる形で出てくるため、全てが可能性であり、こうした意味では遺伝だろうが、突然だろうが、障害を持つ人は未来の希望のために生まれた人達でもある。
だから、私たちは彼等に感謝しなければならないのだが、現代社会は表面上の優しさや美しさがあっても、それが現実になると目をそむけ、見ないようにしてしまう。


この大学病院で出会った女性が私に示していたものは性的な衝動だっただろう・・・だが彼女はそれをどうして良いのかが分からなかったし・・・これから先も彼女にその機会があるのかは疑問で、こうしたことは男性の障害者でも同じだろう。
障害者施設で働く職員は、恐らく日々こうした先の見えない問題に直面しながら、働いているはずである・・・が、こうした問題の解決策は無い・・・障害を持つ人にとっては、生き物の基本的な欲望を切り捨てられた状態での生活が余儀なくされている。 私たちは、このことを理解しておかねばならないだろう。


妻の母の診察も終わり、帰途に着いたとき、車の中で妻から、「若い女性によく、おモテになりますのね・・・」といやみを言われた私は、「あららら・・、下を向いて知らん顔してたのは誰だっけ・・」と返し、妻の母はそれを聞いていて笑った・・・妻の母の暫くぶりの笑い声だった・・・。