「神拝礼法」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/03/02 08:04



古い時代の神道の考え方はその大まかなものは全て「禊」(みそぎ)へと通じている。
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即ちここには人の「悪」を「穢れ」(けがれ)によるものと考え、神はこの穢れこそを嫌い、人は穢れを祓うことによって正しきものとへ帰することができると考えられていた。
 
それゆえ神社参拝に措ける最も基本的な部分は「禊」にあり、これはつまりその身を清める事にあり、例えば伊勢の五十鈴川(いすずがわ)などは、昔は橋が架かっておらず伊勢神宮を参拝する者は五十鈴川を歩いて渡る以外に方法がなく、ここに好むと好まざるに関わりなく参拝者は「禊」を通って神前に向かう事となっていた。
 
流石に現代社会に措いてはこうして川を渡って禊を行う事はなくなったが、しかしその重要性を鑑みるに、近代の社寺はその参道に必ず「手水舎」(てみずしゃ)を設置し、ここでは清浄な水が流され、そこで禊が行えるようにしてある。

「禊」とはその意味するところは「穢れ」を洗い流すことだが、それを形にするなら美しい水を体にかけて洗い流す事を指していて、従って神社に参拝する者はまず「手水舎」で両手に水をかけ次に口をすすぎ、世俗の穢れを清める事がその入口となる。
 
禊とは「水注ぎ」、「霊削ぎ」と言う具合に基本的には「削り取る」意味が有り、この事から陰陽道ではまず「陰」となり、その意味するところは「削除」とされる右手から水をかけ穢れを削除し、同じく陰陽道での「陽」である左手に水をかけるが、ちなみに左手には「満つる」意味があり、このことから右手で穢れを削除し、左手で清浄なものを満たすと言う形がここには存在している。
 
そして参道を歩くおりには道の中央を歩いてはならず、これはなぜかと言うと道の中央は神が歩く道として、敬意を払っておかねばならないからであり、神殿に向かう時は左右どちらのが側でも良いが、神殿から下るときはできれば左側を下ると良いかも知れない。
 
またこれはよく誤解されている部分もあるかとは思うが、神社拝殿の軒先にかかる鈴や鐘をうち鳴らすとき、賽銭などを入れてから鈴などをうち鳴らす人がいるが、これは基本的には間違いであり、まず拝殿に到着したら一番先に鈴や鐘をうち鳴らし、それから賽銭を入れるのが正しい。
神社拝殿の軒先に掛かる鈴や鐘は神に挨拶したり、自分がここにいることを知らせる為のものではなく、これもその本質は「禊」なのであり、「音」による汚れの祓いなのである。
 
ゆえ、神社拝殿の前では、必ず一番最初に鈴や鐘があったらそれをうち鳴らし、次に賽銭を入れて参拝すると良いが、賽銭は基本的に貢物であることから、必ずしも多くの金額を入れたからと言って、また縁起の良い数字の金額をいれたからと言って願いが聞き届けられるのではない。
その身分に応じた「気持ち」が大切になる。
 
「二礼二拍手一礼」、これが神社参拝の最も一般的かつ基本的な神拝の仕方だが、「礼」は正しくは「拝」と呼ばれ、この儀礼の有り様は腰を折って上体が地面と平行になるまで身をかがめた状態を言い、これを二度繰り返し、それから拍手を二度行い、最後にもう一度最初に行なった「礼」を一度して神拝は終わるが、ここで注意したいのは拍手の仕方と、願い事をするおりの手を合わせる動作、「合掌」の形である。
 
一般的に「合掌」と言えば両手を胸のところに合わせることだけと考えがちだが、実は神道の合掌と仏教の合掌には区別が有る。
仏法の合掌は両手を合わせたその指先が左右両手とも揃った状態を基本とするが、神道の合掌はその由来である陰陽道の考え方から、合掌したとき陰陽思想の陽の前面性があり、この事から合掌した手の指先は陰である右手を指の間接一つ分、左手から下げた状態が正しくなる。
 
この事は拍手をする時もそうだが、最初に胸の高さで左右の指先がきちんと揃った状態で合わせられ、次に右手を指の間接一つ分左手から下げ、その状態から肩幅まで両手を開いて拍手し、これが二度繰り返されるのが拍手の正式な儀礼になり、ちなみに合掌した手が向かっている先も仏法では天、上を指しているが、神道では御神体の在る位置、即ち体と地面が90度の角度関係に有るなら、約45度の方向を指している状態が正しい有り様となる。
 
また「二礼二拍手一礼」はあくまでも基本であり、何か特別に強く祈願する事がある場合は、二礼二拍手の後合掌して祈願し、再度二拍手二礼すると良いが、古い神社、例えば伊勢神宮などでは「八度拝」(はちどはい)と言って、「拝」を4回づつ2度行い、次いで柏手(かしわで)を8回うつ作法となっている他、出雲大社などでは四拍手が作法となっている。
 
神社に参拝すると言うことの「参る」と言う意味は「目居る」に由来していて、基本作法である二拍手の内最初の拍手は自身が神前にお伺いしたことを知らせる為、そして2回目の拍手は神前にて畏れを表現していて、最初の「拝」、「礼」は神界に入る為の礼儀であり、最後の「拝」は神界と自身がその形をしてつり合った状態を指している。
 
更にこれはやはり伊勢神宮を中心とした伊勢神道の流れでの話だが、伊勢神道では1回目の柏手を打つときには「天之御柱」(あめのみはしら)と唱え、2回目の柏手では「国之御柱」(くにのみはしら)と唱える口伝が伝承されているが、「天之御柱」とは「級長津彦」(しなつひこ)であり、「国之御柱」は「級長津姫」(しなつひめ)を指していて、これは両方とも「風神」の事である。
 
「神界、仙界、仏界、いずれの界にても、そこに在る者の名を唱え、早馳風神(はやちふうじん)取り次ぎ給えと柏手を打ち、膳を備うれば、忽ち(たちまち)届くなり・・・」
古神道ではこのように願い事をいち早く神に伝えるなら、風神に膳を備えて頼めとしているが、なんとも日本らしい話である。
 
最後になったが神社参拝と言えば、その祈願の中には「縁結び祈願」も多いかも知れないが、こうした言葉の発祥にはそのむかし、自身が思いを寄せる人の名を紙に書き、それを神社仏閣の格子や境内の樹木などに結びつけ、思いを寄せる人と一緒になる事を祈願した事から、人の思いではどうにもならない「縁」を神力に頼って行こうとする思いが存在していた。
 
だが「縁」は結びたいと思いながらも自身ではどうにもならない部分が在るように、「縁」を切る事もまた「縁」を結ぶより遥かに困難なことでもある。
それゆえ「縁結び」はまた「縁切り」も同じことであり、「縁」、すなわち運命を変えたいと言う願いは、いつしか人々に縁結びの逆回し作法によって為されるようになったが、基本的に神道では作法の逆回しが反対の効果を呼ぶとは考えられておらず、ここでは正規の作法の上に願いを伝えることがより正しい祈願の在り様と言える。
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