2019/03/11 06:20

麦漆のはみ出しを削って3週間後、ルーペなどで見ると、陶器を接合した破断面の間に、細く茶色い線が見え、しかもその線は周囲の陶器面より少し低くなっているはずだが、金継ぎの仕上がりでは、この接合した部分が周囲の陶器面より盛り上がって見える事を理想とする。

 

原理は簡単だ、少ないより多い方が優雅に見えると言う事だ。

例えば四角いお盆の縁で、上縁が太くて隅の方が細かったらどう見えるかだが、台形の広いほうが上に来て、狭いほうが下に来ている図形は安定して見えない。

器物では、こうした場合貧相に見えてしまう事になる。

 

これと同じ原理は金継ぎにも存在し、接合した部分が周囲の陶器面より低いと、陶器全体が貧相に見えてしまう事になる。

それゆえ、敢えて接合部分を盛り上げておくと、その部分が安定して見え、器物が優雅に見える訳である。

 

だがこの事は決して接合部分の面積を広げると言う意味ではない。

接合部分が広がると、どうしても緊張感がなくなる為、接合部分は出来るだけ細く、しかし優雅な高さは欲しいと言う事である。

 

金継ぎの下塗りにベンガラ漆用いる理由の第一は粉の荒さに有る事は貝欠けの時に説明したが、もう一つ理由が有る。

 

それは金色(きんしょく)の為であり、この原理は仏壇などの金箔貼りに由来する。

金箔はその薄さが特徴だが、それゆえに下の色を映してしまい、ここでは黒漆塗りの上に金箔を貼ると仕上がりが青っぽく見えてしまう事になり、こうした経験上の歴史が、やがて青っぽく見える、イコール金箔が薄いと言う概念を世の中が形成してしまった。

 

つまり青っぽく見えると言う事は、通常3枚重ねで貼って行く金箔が、もしかしたら1枚しか貼られていないのではないかと言う疑いをもたれる訳である。

 

これを防ぐには金の色を赤か黄色に見せれば良い訳で、下塗り漆の色を朱か、黄色にすれば金色は青っぽくならない。

大きな面積の朱塗りは結構厄介だが、金継ぎなどの狭い面積での朱色は黒漆と何ら変わらない事から、出来るだけ赤に近いものを塗って行く訳で、しかも厚みがあるベンガラは赤の系列だから、その上から朱色を塗って研いで朱が切れても、その下もベンガラなら金粉を蒔いても、斑にはならないのである。

 

ただ、我々塗り職がやる場合、厚みはベンガラで出し、下塗りは黄色漆を調合するが、赤いと若干仕上がりの金も赤っぽくみえる為、この不自然さを解消する為に黄色を使うのであり、もしここまで気にするので有れば、50g入りの黄色漆を買い求め、それを使っても構わない。

下からずっと黄色を使っても良いのである。

 

では始めようか・・・。

まず貝欠けの時に使っためんそう筆、これは以前使ったもので菜種油やサラダ油が付いている場合は、この油を割り箸2本で挟んで油を搾り取り、綿のウェスで綺麗にふき取る。

 

そしてガラス板に出した豆粒大のベンガラ漆、若しくは黄色漆に付け、何度かガラス板に線を引いてみる。

その後、もう一度割り箸で挟んで今度は漆を絞り取り、これを2回から3回繰り返す。

筆を油から漆になじませる作業なのだが、この時出る漆は使ってはいけない。

菜種油の油性が入っているから色漆の乾燥速度が遅れるのである。

油と一緒に棄ててしまう。

 

通常ならここで漆を漉す(こす)作業が入るが、第一回目の塗り込みでは、次に研ぎが入る事から、ここは漆を漉す作業を飛ばしてしまっても影響はない。

厳密にやりたいと言う場合は、次の段階で漆を漉す作業が出てくるから、これを参照の事とする。

 

筆から出た漆や油を棄ててしまったらガラス板の上をウェスで綺麗にふき取り、ここにやはり豆粒大くらいの色漆を出してこれに1滴灯油を混合して割り箸の先を使って攪拌する。

フライパン返しを使っても良い。

 

また以前、貝欠けを修理したベンガラ漆などがサランラップで保管されている場合は、まずラップを広げ、それをガラス板の上で裏返しにすると、漆がガラスにくっ付きラップには少量の漆が残る。これを使っても良い。

 

ガラス板の漆に筆を回転させるようにしてなじませたら、先の方に漆を付け、1回ガラス板の上に線を引いてみる。

そして麦漆の接合線をなぞるように筆で塗って行くが、この時現実には難しくても線の幅が1mmを超えない程度になるように、漆が絵の具で、それを使って赤い線を描いているイメージで接合線を描いていく。

 

漆を付けた筆で1回ガラス板上に1回線を引いたのは漆の量を調節する為であり、余り一度に厚く漆が付くと、表面が縮む恐れが有るからだが、前記事でも書いたように筆には必ず縦と横があり、これを確かめるためにもガラス板の上で線を引いてみて、細く書ける方向が解ったら、それを上にしてテープなど目印を付けておくと、持った時に筆が縦か横かを悩まずに済む。

 

それと筆で漆を塗るのは、紙の上に墨で書を書くのと同じようには行かない。

描く面と筆の抵抗力が違うので、どこかで支点を持たないと筆は震えてしまう。

これを防ぐには小指を伸ばして、この先が漆を塗る箇所と離れたところに来るようにして、小指で力の支点を作ってやると、筆は震えが少なくなる。

 

ポイントは1回目の塗り込みは吸い込みの調整だと考える事であり、麦漆の接合線は塗ったベンガラ漆を吸い込み、陶器の上は漆を吸い込まない。

それゆえ麦漆接合線の吸い込みを止める事が、第一回目塗り込みの目標と考えると良いだろう。

 

全て塗り終わったら6時間、埃がかからないような場所に陶器を置き、それからダンボール箱の内側を水で濡らした中に入れ、12時間後に一度出して6時間外気に触れさせ、またダンボールを濡らしてその中に入れて置き、翌日からは朝、夕の2回これを繰り返して3日間続け、4日目には24時間ほど通常の外気中に置いておく。

 

加湿の効果と言うのは、湿度が外気中に流出する時に大きくなる。

為に、加湿したら必ず外気に触れさせる事が無いと、完全な乾燥効果の半分を無駄にする事になる。

 

筆や漆のしまい方は、前記事「貝欠け」の時に説明した要領に同じで、漆は良く乾燥させないと、次に行う研ぎ工程の時に不都合が出る、またそんな事を繰り返していると、仕上がって4ヵ月後には漆が痩せて来る。

解りやすく言うなら仕上がった時の福よかな盛り上がりが、ペタンとした感じになってしまうのである。