「あー苦しかった」・2 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/03/30 06:08

そして同じ三重県で起こった事件、こちらは殺人事件だが、三重県尾鷲市の海岸沿いにある、大きな旅館に勤めている女中の「高田芳江」さん(仮名、27歳)は、その朝、海岸に向いている雨戸を開けて準備しようとしていたが、そのおり何気なく下の方を見ると、下は海岸通りから少し向うに広がっている草むらで、そこには草むらの中に雑木が何本か立っていたが、今朝は何かおかしい、普段とは少し違う色合いのものが見えた。
 
草むらの雑木の1本に寄り添うようにして、白っぽい着物を着た女が首をうなだれ、全く動く様子がない感じだった。
「おかしい・・・」、芳江さんは慌てて、もう少し良く見える部屋まで移動して、そこから様子を伺ったが、その目に飛び込んできたものは、木の枝から女の首に繋がった紐であり、女の素足は地面から離れていたのだった。
 
 
旅館から通報を受け、早速警察の捜査が始まったが、当初は自殺と見られていたこの女性の死体、しかし前日の夕方、やはり同じように、その時は雨戸を閉めた高田芳江さんが、同じ場所を見ていたのにも拘らず、死体は存在しなかったこと、それに比して既に死斑が出ていることなどを考えると、この着物姿の女性は恐らく前日に殺されている。
 
通常自殺は未明、日が昇らないうちの午前中が多く、夜12時前の自殺であれば発作的なものとなり、こんな場所まで来て首を吊ることは少ない。
とすれば自殺に偽装された殺人事件の可能性があり、着物も若干着崩れていることから、県警はこの女性の周辺事情から捜査を始めて行った。
 
被害者の身元はすぐに分かった。
「神崎春美」さん(仮名、24歳)は身長157cmでスタイルの良い健康的な美人、栄町通りの小料理屋で住み込みながら働いていたが、栄町でも評判の美人だった。
当然彼女を目当ての客も多く、同じ小料理屋で彼女と一緒に住み込みで働いていた「朝井美津子」さん(仮名・22歳)の証言では、最近春美さんは男性関係で悩んでいたようだとの話が出てくる。
 
そこから調べを進めていった三重県警の「倉田由蔵」刑事(仮名・41歳)は、やがて春美さんと付き合っていた商工会議所職員「佐伯義夫」(仮名・31歳)を割り出すが、どうも春美さんはこの「佐伯義夫」が既婚者だとは知らずに付き合っていたらしく、亡くなる前日も小料理屋の同僚「朝井美津子」さんから金を借りて、それで佐伯と2人で、旅行に行く費用に当てようとしていた事まで分かってきた。
 
こうなると事件の道筋は非常に分かり易くなる。
既婚者である事を隠して春美さんと男女の付き合いをしていた佐伯義夫は、ついに春美さんに既婚者であることが発覚してしまい、そして春美さんに言い寄られ、面倒になって殺害、死体は尾鷲海岸の雑木に吊して自殺に見せかけようとした・・・。
と言う展開は容易に想像できるものだった。
 
春美さんが殺される当日の夕方、午後6時頃、この小料理屋へ佐伯義夫は顔を出していて、しかもこの時同僚の「朝井美津子」さんは風呂へ入りに行っていて、佐伯の相手をしていたのは春美さんだった。
やがて午後8時ごろ、風呂へ入ってから店に出た朝井美津子さんは、既にそこには佐伯の姿がなかったと証言している。
 
また同時にこの時春美さんは、同僚の朝井美津子さんに叔父が病気だと言って、金を少し貸してくれないかとも言っているが、朝井美津子さんはそれが嘘だろうなと思いながらも、少しばかりの金を貸している。
男で苦労していて、金がない感じが春美さんにはどこかで漂っていたのかも知れない。
 
「間違いない、犯人は佐伯だ・・・」、そう思った倉田刑事は「佐伯義夫」を任意で調べるため、早朝佐伯の自宅を訪ねた。
これが事件発生後3日後のことだが、何と佐伯は仕事の出張で、事件発生の翌日から三重県内にはいなかったのである。
佐伯が出張から帰ってきたのは事件発生後5日目のことだったが、佐伯は倉田刑事から春美さんが殺された可能性があると伝えられた瞬間、本当に衝撃に受けた様子、つまり春美さんが死んでいることを知らなかった様子だった。
 
また佐伯のアリバイを調べていた倉田刑事は、事件発生の当日、最後に春美さんと会った佐伯が家に帰ってから以降、外に出た形跡がないとの証言を佐伯の妻から得ていて、また商工会議所でも、特に佐伯に変わった様子はなかったとの証言も得るに至り、犯人は佐伯だと思いながらも、どこかで捜査に行き詰まりを感じるようになってしまった。
 
佐伯は状況証拠だけでも逮捕状は請求できるし、逮捕状は出るだろう。
だが、その後佐伯が自白しなかったら、そのときはどうする、証拠は何もないんだぞ・・・。
倉田刑事は頭を抱えていた。
机の上の灰皿には、ハイライトの吸殻が山のようにうず高く積み上げられ、そこに西陽が当たり、こうした退廃的な風情が倉田刑事の心情を代弁しているかのようだった。
「行き詰ったか・・・」頭を抱える倉田刑事・・・。
 
だがしかし、そこへ一通の手紙が届けられる。
宛名は三重県内の小さな警察署宛てになっていたが、差出人は「坂上百合子」(仮名・38歳)となっていて、住所も書かれている。
そして、その手紙は三重県内の他の小さな警察署の、やはり刑事が、県警が調べている事件に関係有るのではないかと、わざわざ届けてくれたものだが、そこには何と春美さん殺人事件の犯人の名前や、住所までが書かれていたのだった。
 
                         「あー苦しかった」・3に続く