「元総理の涙」・1 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/04/15 06:32

2006年7月1日死去した元内閣総理大臣「橋本龍太郎」は、その死の間際まで自身が内閣総理大臣の職責期間中に成立させた「消費税」に関して、後悔していたと言われている。
クールな表情からは伺い知ることはできなかったが、以外に涙もろかった同氏は晩年涙を流しながらこう語っていた。
 
「私は大きな間違いをしてしまった・・・」
「財務官僚の言いなりになってとんでもないことをしてしまった・・・」
 
1997年度に開始された「消費税」は、その初年度こそ4兆円の税増収をもたらしたが、消費税が導入されるされることによって冷え込んできた国内景気は、その翌年には法人税を含めた税収で6兆5000億円の税収減と言う税収下落をもたらし、実にここから日本の転落は決定的なものとなってしまった。
橋本龍太郎元総理はもしかしたら今日の日本の在り様が、その涙の中におぼろげながら見えていたのかも知れない。
 
1923年9月1日に発生した関東大地震は東京、横浜で大火災へと繋がり、死者、行方不明10万6000人、負傷者5万2000人、家屋の損壊は69万4000戸に及び、その直接の経済的損失だけでも100億円、この直後の震災復興予算が15億円前後であることを鑑みるなら、さしずめ現代の金額に換算するなら600兆円を超える経済的損失となった。
 
加えて第一次世界大戦後の不景気によって国内景気は冷え込んでいたことから、ここで政府は「震災手形保証令」を出して、取り合えず銀行を救おうとしたが、これは震災前に銀行が割り引いた手形に付いて、震災のために決済不能に陥ったものは、日本銀行がこれを再割引し、銀行の損失を救い、ために日銀が受ける損害を1億円を限度として政府が保証する臨時制度だった。
しかし、これによって震災手形を1925年までに整理するつもりが、慢性的な不景気によって期限までに整理を付けられなくなってしまった。
 
その為当時の若槻(わかつき)内閣は震災手形の整理期限を2年延長し、政府による日銀への補償を更に1億円追加する法案を議会に提出したが、この審議中、当時の大蔵大臣「片岡直温」(かたおか・なおはる)が「東京渡辺銀行が不良債権を抱えて危険だ」と口をすべらせた結果、この不用意な失言はその後大規模な銀行への取り付け騒ぎへと発展し、この混乱によって緊急勅令案が議会で否決された若槻首相は内閣を投げ出してしまう。
 
そして昭和2年(1927年)に内閣総理大臣に就任した陸軍大将「田中義一」(たなか・ぎいち)は、名蔵相と誉れも高い「高橋是清」(たかはし・これきよ)翁を大蔵大臣に据え、3週間のモラトリアム(支払い猶予)を行い、その間に日銀に22億円近い巨額の貸し出しを行わせ、政府保証も5億円にまで一挙に引き上げ銀行を救って行くが、この結果、三井、三菱、安田、住友、第一などの財閥へと銀行の統合が進み、利益を得たものは巨大財閥のみで、一般庶民はこうした財閥による資本集積の犠牲になって増税に喘いで行くことになり、そこへ1929年10月24日、ニューヨーク初の世界恐慌が襲う。
 
もはや経済的に破綻した日本経済の行く末は「軍事力」に頼るしか方法を無くして行き、その結果が「太平洋戦争」となるのである。
 
どうだろうか、こうして大正から昭和初期の日本の流れを見てみると、随分今と共通した点が見えてこないだろうか。
経済の破綻に対して増税、そして大手銀行だけは救済され、ついでに少し前に亀井大臣によって提唱された「モラトリアム」は高橋是清のアイデアだったのである。
そして震災が発生し、震災手形の処理を誤り、そこへ世界恐慌の波が日本を洗う。
 
流石にこの先日本が再度戦争を起こすことは考えにくいが、バブル崩壊にリーマンショック、その度に年々増税に追い込まれ、さらに2011年3月11日に発生した東北の巨大地震である。
戦争は無くてもこの先の舵取りを誤れば、日本は2045年前後、確実に完全破綻する。
 
                           「元総理の涙」・2に続く