「臭いものには蓋をして・・・」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/04/26 05:38

「主任、このアルミ容器の中身が例の遺体ですか」
「ああそうだ、絶対蓋は開けるな」
「でもこの状態だと検視ができませんが・・・」
「そんなもの必要ない、仏さんは既にまる24時間以上密閉状態にあるんだ、それで充分だ」
「しかし、それで本当に問題は起きないんですか」
「ウォーレン、お前死にたいのか、既にこの死体のおかげで少なくとも6人が死にかけているんだぞ」
「責任は局長が取ると言っている、良いか、誰も近づけるんじゃないぞ」
「分かりました」

物々しい防護服に毒ガスマスクをつけた二人の検視官「ウォーレン・ターナス」とその上司である「マイケル・ロッジス」は、こうしてその遺体の入ったアルミ容器を部屋の真ん中に置き、立ち去っていったが、このリバーサイド市検視局の建物の周囲では更に物凄い警備体制が引かれ、検視局の周囲はさながら空気感染のウィルス病でも発生したかと思われるような、防護服に毒ガスマスクをつけた警察官等によって厳重に封鎖されていた。

ことの発端は1994年2月19日、一人の女性がロサンゼルス市の東側にある、リバーサイド市総合病院に搬送されたことから始まった。

末期の癌と診断された「グロリア・ラミレス」さん、当時31歳は自宅で科学療法を続けていたが、2月19日突然胸を押さえて苦しみだし、やがて意識を失ったことから、家族によってリバーサイド市総合病院に搬送された。
リバーサイド市総合病院の担当医師はグロリアさんを診るなり、これは緊急の心臓手術が必要と判断、早速彼女は集中治療室へ運ばれ、そこで手術のための採血が行われたが、この際グロリアさんの血液には何故か透明とも、乳白色とも判断の付かない細かい塩の結晶のようなものが大量に混入していることが目測でも確認された。

そこで集中治療室のすぐ脇にある手術室で、助手の医師がグロリアさんの血液を顕微鏡検査しようとした、まさにその時だった、突然採血したグロリアさんの血液が少し泡立ったかと思うと、一瞬にして室内には強烈なアンモニア臭が充満し、執刀医、助手、手術の準備をしていた看護婦達が次々倒れだしたのである。

この事態を隣の集中治療室で見ていた他の看護婦たち、慌てて手術室や集中治療室の窓やドアを全開にすると、急いで倒れた執刀医や看護婦たちに駆け寄るが、既に全員意識不明の状態だった。
また別の看護婦は急いでこの事態をリバーサイド総合病院首脳部に報告に走り、事態を重く見た総合病院首脳部たちは、事件発生から30分もしないうちに入院患者の緊急避難を指示し、こうしてリバーサイド総合病院は一時騒乱状態となった。
そして原因不明のアンモニア臭で倒れた6人の医師や看護婦達は近くの他の病院へ搬送され、そこで酸素吸入などの処置を受けたが、このうち2人は重体で、その後しばらく絶対安静を要すこととなったのである。

またこの原因不明のガス発生により、グロリアさんはその1時間後に死亡が確認され、この時彼女の死亡を確認した医師が手術室に入った時には、既にアンモニア臭は存在していなかった。
そればかりか、この事件を隣の集中治療室で見ていた看護婦の一人は、アンモニア臭の毒ガスは、採血された血液から出たのではなく、グロリアさんの体から白い霧が噴出するように発生したのだと証言するに至り、ガスの発生源はグロリアさんだったことが判明したのである。

グロリアさんの死亡は確認された。
しかし彼女の死因に付いては心臓発作なのか、或いは自分が出した毒ガスによって死亡したのかは不明なまま、遺体は検死局に送られる事になったが、原因が特定できない事、また死後もグロリアさんからガス発生の可能性が否定できない事から、結局グロリアさんの遺体は検視局でも誰も検視しようと言う者がおらず、死亡原因が不明のまま2重になったアルミ容器に入れられたグロリアさんは、その後極秘裏に当局立会いの下、親族によって特別に作られた墓地に埋葬されたとされている。

だがことの真相はどうだったのだろうか。
本当は何か別の原因があったようにも考えられない事はないが、それにしても死因も特定されず、まるで隠れるようにして埋葬されたグロリアさんは随分気の毒な気がするし、そもそも人体が毒ガスを発生させる事など有り得るのだろうか。
ガスの発生源も特定されず、もし万が一グロリアさんがガスの発生源なら尚の事詳しく検視する必要があったように思うが、全ての真相はグロリアさんが墓の中へ持っていってしまった。

この事件以降、リバーサイド市で人々が原因不明のままバタバタと倒れて行ったと言う話しは聞いていない・・・。