「神の如く」・1 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/04/29 06:32

「まあ、お前の場合は極めて消極的な人生だが、それゆえに率先して悪いことをしていないのが救いかな・・・」
「閻魔大王さま、それで私はどうなるのでしょうか、やはり地獄行きでしょうか・・・」
「うーむ、難しいところだが、まあ良いだろう、最近めっきり極楽行きも少ない事だし、特別サービスだ」
「極楽を満喫するが良い」
「へへー、有難うございます」

男は閻魔大王の前でうやうやしく土下座すると、かすかに安堵の表情を浮かべた。
「しかしお前も運が悪かったな」
「もう少し体力があれば、こんなに早く娑婆終いせずに済んだものをな・・・」
「まあ、世の中こんなものですよ、今頃女房も子供もきっと保証金を貰って喜んでいるんじゃないですか・・・」
「お前、随分醒めたことを言う奴だな、前の世ではあんまり良い目に遭ったことがなかったんだな」

「どうだ、今のお前の家族の姿を見たくないか、もしかしたら悲しんでいるかも知れんぞ」
そう言うと閻魔大王は現世が見渡せる鏡を持ってくると、男と一緒に現世を眺め始めた。
「この画像は綺麗ですね、ハイビジョン、しかも3Dですか」
「まあ、そんなところだが、それはどうでも良い、見てみろ」

確かに男はついていなかった。
たまたま会社の同僚と焼肉を食べに行って、そこで大して好きでもないのに、断り切れなくて同僚の勧めで食べた生肉で食中毒を起こし、そのまま気がつけば三途の川から鬼達に連行され、閻魔大王の前で裁きを受ける事になったのだが、よく現世では良いことも有れば悪い事もあると言うが、あれは嘘だと言う事が分かった。

同じように生肉を食べた同僚は全く食中毒にもならず、同期にも関わらず向うは部長で自分は係長だ。
そしてそれだけならまだしも同僚はもとスポーツマンで爽やか、それに比して自分はどこかくたびれた感じがする普通のオヤジで、家に帰っても粗大ゴミ扱い、妻も最近ではフィットネスクラブで知り合ったらしい、自分より少し若い男とできているような気がするし、二人の娘は話しかけてもくれない。
考えて見れば何で生きていたのか良く分からん人生だった・・・。

「おい、何をボーっとしてるんだ始まるぞ」
閻魔大王はコーヒーを2つ入れると、その1つを男に渡し、食い入るように現世の鏡を覗き込んだ。

「お父さん可哀想な気もするけど、きっと家族のことを思って、これで喜んでくれるわよね」
「そうね、あのままではあんた達が大学へ行く学費も出せなかったけど、これでどうやらそれも何とかなりそうだし・・・」
机の上に山と積まれた焼肉店からの保証金を前に、少し微笑みたくなるのをお互いに悟られまいとする母娘。
諦めていた大学進学が何とかなりそうになった娘達と、これで晴れて自由に若い男と付き合える事になった妻、その心情までもが伝わる「現世鏡」を観ていた閻魔大王は男に気の毒そうに呟く。

「なあ、今度もし生まれ変わったらもう少しマシな女をみつけて一緒になれ」
「それにな、極楽には綺麗な女も沢山いるし、酒も美味いぞ」
「有難うございます。でも慰めは余計辛くなります」
閻魔大王の言葉に更に落ち込む男・・・。

                                              「神仏の如く」・2に続く

※ 本文は2011年に執筆されたものを再掲載しています。