2019/04/29 06:34

だが次の瞬間「現世鏡」は何故か母娘の部屋のテレビを映し出し、そこでは日本政府の厚生労働大臣がコメントを発表していた。
「今度発生した肉の食中毒事件に関しまして、日本政府は新しい食用生肉の基準を設けましたので、これで安全です」
「政府の基準を守れば今後食中毒は起きないものと思いますので、消費者の皆さんには安心して頂きたいと考えております」
テレビの中の大臣は自信満々で記者団を前に語っていた。

「バカが、人が死んでからそんな基準なんて作ってもらっても、どうにもならんわ」
男は虚ろに呟いたが、それに対して閻魔大王は少し厳しい表情になると、こう呟きはじめる。
「人間も随分偉くなったものだな・・・」
「元々食と言うものは命がけのものだが、どんな食べ物もそこに菌が発生するか否か、たまたまその時その人間の体調はどうかは、天の定めるところによるものだ」
「人間が見ている安全など、まことに意味の無いものなのだが、それを断言するとは結構なもの言いだな・・・・」

「えっ、それじゃ政府の保証は安全ではないんですか」
「お前、人の命を保障できるか」
「いくら基準があったからと言って、それが守られなければどうする」
「それに食べ物で繁殖するのは食中毒の菌だけとは限らない。ブドウ状球菌の中には原因不明で人体組織を食べていくようになるものもあれば、これはバクテリアでも同じことがある。その安全を保障するとは、人間の範囲を超えたもの言いだ」

「政府や霞ヶ関の役人、大臣になったら、人間以上の力や権利を持ったと思っているのかも知れんが、この分なら日本も長く有るまいな」
「その内、地獄が大繁盛することになるな・・・」
やっとそれらしい表情になった閻魔大王を横から見つめる男、そこへどこからともなく「オクラホマミキサー」仕様の携帯の呼び出し音が鳴り響く。
思わず携帯を探そうとシャツのポケットを探る男だったが、意外にもその呼び出し音を止めたのは閻魔大王だった。

「はい、閻魔です、お世話になっております」
「あっ、閻魔君、仏だけども、最近さ、人間界に問題が多いとは思わない?」
「このことはしっかり記録しておいてね」
どうやら電話の向うは仏さまだったようだが、それに対して本人が見てもいないのに、ぺこぺこ頭を下げながら「はい」「はい」と返事をする閻魔大王、電話が切れるとホッとした表情になり、男に何かを語りかけようとするが、そこへまたしても電話がかかってくる。

「はい、閻魔です、いつもお世話になっております」
「あっ、閻魔、私よ、わ・た・し・・・」
「えっ、どちら様でしょうか」
「私よ、アマテラスよ!」
「声で分からなくてどうするの、本当にグズね」
「はー、で、アマテラスさまが私に如何なる御用でしょうか」

「あんた、私を誰だと思ってるの、神よ!」
「あんた達が観ていた現世鏡、私も離れたところから観てたのよ」
「許せないわね、人間共のもの言い」
「はー、全くでございます」
「原子力発電所も、まるで人間の力でどうにでもなるような言い方してたけど、それと今回のことも含めて、全てしっかり覚えておきなさいよ」
「いいこと、そして地獄のデラックスコースへ送り込んで頂戴!」

「デラックスコースですか、あれはきつくないですか・・・」
「いいのよ、私をないがしろにしたらどうなるか思い知らせておやり」
「それと閻魔、今度の私の誕生パーティーには来ないでね、あなた顔が恐いから」
「はー、承知しました」

プチっ言う音ともにかかってくるときも突然なら、切れる時も相手の意思など全く関係なく切れた電話を持ちながら、「ふうー」と深いため息をつく閻魔大王・・・。
「閻魔さまも大変なんですね」と言うと、男は閻魔大王の肩にそっと手を当てる。
「元人間のお前に慰められてもどうしようもないがな・・・、閻魔大王は男に少し寂しげな笑いを向けた。

「一つ頼みがあるんですが」
「何だ、俺とお前の仲だ、聞いてやるぞ」
「さっき今度生まれ変わったらと言う話でしたが、それもう止めにして貰えないでしょうか」
男は閻魔大王にどこかで吹っ切れたように申し出た。
「残念だが、それはおれでは如何しようもない、極楽へ行ったら仏に頼むんだな」
「それとコーヒーの紙コップはゴミ箱に棄てておけよ」
閻魔大王はそう言うと、現世鏡をしまいこみ、男に早く極楽へ行くように道を教え去っていく。

暫くして男はさっき閻魔大王がついたような深いため息をつくと、仕方なくとぼとぼと極楽へ通じる光の道へと歩き始めるのだった・・・。

そしてこれを書いた私はまず間違いなく、地獄行きかな・・・・。


※ 本文は2011年に執筆されたものを再掲載しています。