「国債と増税」・2 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/05/01 06:04

そして現在、各国政府が発行する公債や国債は、実はこうしたその国家の国民の所得の普遍性、安定性を基盤として考えられている。

今ここに健全な経済感覚の国民が有ったとして、彼らが生涯所得や恒常所得と、将来世代のものとなる資産などを鑑みて貯蓄と消費を考えたとしようか・・・。
そこへ支出の増大から、その国家の政府が資金調達として増税か公債の発行を考えた場合、増税は施行までの道のりが長いことから資金調達に時間がかかる。
しかし公債や国債の発行はそんな必要も無く政府が決定できるとしたら、政府はどちらを選択するかと言えば公債や国債発行の方が都合が良い。

しかし政府が発行する債権の償還財源は、政府に所得や利益がない事から、その負担は国民が払うことになる為、これは増税と呼ばなくても、将来に措ける確実な増税なのであり、基本的に国債の発行と増税は同じものであることを国民は理解しなければならず、ここでもし政府が公債や国債を発行した場合、健全な経済感覚の国民ならば、国債イコール増税であることを理解し、そこで自身と将来に措ける子孫の租税負担のために供えることを考え、消費を増加させないようになる。

その上でもし国債を保有した場合、それは資産価値ではなく、将来の増税に備えた貯蓄としかならない訳で、簡単に言うなら公債や国債の発行は増税を意味するので、これが現在の増税でも、将来に措ける増税でも同じことであり、国民大衆の生涯所得に影響を与えない。
ゆえに公債や国債を発行しても国民の消費性向には影響を与えないとするのが、公債や国債発行の原理であり、これを「リカード・バローの中立命題」と言い、この根底に有るのがケインズやフリードマン、モジリアーニ達が統一して唱えた消費と所得が比例して増大すると言う仮設である。

従って公債や国債の発行は条件があり、その1つは国民が国債発行と増税が同じものであることを理解していること、そして公債や国債の発行は償還期限が明確に決まっている範囲でしか為してはならないと言うことであり、公債や国債の発行と増税は同じものであることから、同時に2つを施策してしまってはリカード・バローの中立命題は成立しない点にある。

すなわち公債や国債の発行と増税が同時期に為された場合、これは確実に国民の生涯所得に影響を与え、所得に占める消費性向を増大させる、言い換えるなら国民生活は苦しくなるのであり、消費は手控えられ、その結果その国家の経済は加速を付けて落ちていくことになる。

またモジリアーニの仮説もその国家の平均寿命が上がっていき、社会福祉が充実し過ぎると、60歳から70歳代までの年齢人口が増大し、ここに資産や、労働人口が産出した所得が租税を通じて集中し、その結果80歳代以上の高齢者と現役世代の労働者が貧困化するアンバランスな社会形態を生み、この一番所得や資産を持っている世代は既に現役時代に大型の消費を終えていることから、所得と所得に占める消費の比率は、消費が少なく所得が多いケインズの「短期消費性向型となり、所得の割には極めて消費の少ない社会が顔を出し、しかもそれがマクロ化すると言う非常事態経済となるのである。

この状態で国債を発行したらどうなるか、また増税に次ぐ増税の中で、同じ内容ながら表現が違うだけの、国債と言う名の増税を何か資産価値のように考え、更に増税と国債は別のものと考えていたならどうなるか、もうその結果は言うには及ぶまい。
増税と国債は基本的には2者択一のものである。

国債とはその国の経済が何とか健全な状態の時、返済が可能なことでその発行要件が満たされるが、人間が借金をするときは苦しいときであり、それはどうしても綱渡りの状態にならざるを得ないが、借金と融資して貰う事を別だと考えてはいけない。
まず為すことは無駄遣いを止め、それからどうやって返すかの期限を決めないと、国家と言っても人口が決まっている以上、有限であって無限ではない。

今の日本政府や国民を見ていると、将来こちらは一般会計の消費税増税20%、そしてこれは国債償還費用分の消費税手数料20%と言う具合に、税金と国債分の返還名目を分離して合計の消費増税増税が40%と言う事態も、笑い話では済まないような気がする。

さてリカード・バローの中立命題を守るため、子供達の将来に備えて貯金でもして置こうかとも思うが、消費税40%ではちょっと追いつかないかな・・・。