「主権在民」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/05/04 06:23

「美香さん、僕は君の事を愛している」
「えっ、本当? 嬉しいわ秋男さん」
イケメン男の秋男はまず美香さんに愛を打ち明けるが、その次はいつもコンビニでバイトしている、理佳さんにもこんなことを言う。
「理佳さん、僕は君無しではいられない」
「わー、本当ですか、いつか私から告白しようと思ってたんです。感激です」

そして秋男の愛は更に暴走を始め、優子さん、夏美さん、明日香さん、涼子さん、トメさんにまで、次から次「愛している」を連発していくが、やがてそれぞれに秋男の言葉を信じた彼女達、今日こそは秋男を我が物にせんと下着から始め勝負パンツを身に付け、メイクもばっちり、最先端のファッションに身を包んで秋男のマンションへ押しかけた。

だが意外にも秋男のマンションの扉を開くと、その玄関にはカラフルなハイヒールがたくさん並んでいて、そして始まったのは修羅場だった。
「ちょっと、秋男さん、これは一体どう言う事なの? 私以外にもこんなに沢山女がいたなんて、騙したのね」
秋男の愛は自分だけのものと信じていた彼女達、しかし現実に訪ねてみれば「愛している」の言葉はあちこちで乱発され、これに激怒した彼女達は口々に「どうしてくれるのよ」と秋男に詰め寄る。

「みんな、ち、ちょっと待ってくれ、僕が愛していることは本当だ」
「美香さんも理佳さんも、優子さんも、夏美さんも、明日香さん、涼子さん、トメさんも本当に愛している」
「僕はみんなのことが好きなんだ」
「だから、誰か一人なんて決められないんだよ」
秋男は憂いを含んだ瞳で彼女達のことを一人一人見つめた。

この秋男の言葉に部屋の空気は一瞬にして固まり、重苦しい空気が流れる。
だがこの沈黙を破ったのは目を三角にした美香さんで、しかも彼女はこう言う。
「私、みんなを代表して言わせて貰うけど、あんたサイテー、アホじゃない?」
そして美香の言葉に頷いた彼女達はそれぞれに玄関を蹴飛ばすなり、または下駄箱を極真空手で叩き割る、はたまた呪いの札を貼り付けるなどして秋男のマンションを去って行った。

さて、これは何の話だと思うだろうか・・・。
そう、表題にも有るとおり、これは主権在民のことであり、実は主権在民とは最低でまことにアホらしいものなのである。
国家の権利とはその当事国を国家として認める他の国家が有って始めて成立し、この場合その国家間ではそれぞれの国家のことは、当事国家が決定する権利がある事を認め合う事が要件となる。

しかし厳密に言えばこうした主権は具体的な規定を持っておらず、その国家間の力の強弱や都合によって日々変化している不安定なものでしかなく、こうした現実から「国連」では主権国家の基準を設けたが、イスラエルとパレスチナ、アメリカとイランやイラクの関係のように、主権国家と言う言葉は存在したとしても、それは力や数を基本にした恣意的なものでしかなく、尚且つそれぞれが自国の主権を主張しても、他国の主権は常に蹂躙していくものとしかなっていない。

つまり主権国家と言いながら、実はこの世界で主権国家など一国もないのであって、これはせいぜいが願い程度のものだと言うことだ。
そしてこうしたその国家の意思決定の最高権利者が民衆である事をして「主権在民」と言うが、この主権はここでも具体的な形を持っていない。
主権とはその権利が誰か一人に集中すれば、確かに権利となり得る。

だが国民一人一人がその権利を薄く弱く持っていると言う状態は、冒頭の秋男の愛と同じことであり、結果として一人の女性としてはそこに愛がない事と同じように、主権在民と言う有り方は主権が無い状態と同じなのである。

日本のような前時代的な民主主義では、国民主権は4年に一度の選挙時のみ、しかも選挙と言う間接権利行使の主権であり、つまり日本人が主権を持っているのは1460日に1回だけとなっていて、その後は選挙によって選ばれた政党が構成する内閣によって殆どの主権が独占され、この期間の日本人は主権行使の方法を持っていない。
日本人は主権在民だと思っているかも知れないが、その実国民に主権があるのは1460日に1日しかなく、残りの1459日間は民衆に主権が無い状態なのである。

例えば80歳の人が主権在民である日数は一生涯で20日しかなく、残りの29180日は主権の無い状態でありながら、主権在民を信じているだけと言えるのである。

従って日本人はいつでも国民一人一人が権利を持っているように錯誤しているかも知れないが、それは言葉によるまやかしにしか過ぎず、現実には存在していないものである。
その上で国家間でもその主権は、それぞれの国家が自己主張しているだけであり、このようなものはいざとなったら武力で一瞬にして吹っ飛んでしまうものでしかなく、こうした事を担保するためにそれぞれの国家は軍隊を持ち、これをして主権を行使するが、この瞬間から主権は在民に在らず、主権は軍隊や警察、諜報機関によって国民をも束縛するものとなってしまうのである。

ただ日本の主権の特殊性として、この国家が崩壊し瓦礫の山となった時、日本の民衆は誰を頼るか、誰を基盤としてまたその国家を構築しようとするかを考えるなら、ここに「天皇」と言う存在は、第二次世界大戦後「象徴天皇」とされたが、未だに日本及び日本人を最後に担保する存在と言え、その意味に措いて日本の主権は常時そうだとは限らないが、一番最後は天皇が核となって構成されるとするなら、具体的な主権に一番近いところに在るのが「天皇」と言う存在なのかも知れない・・・。

主権に限らずあらゆる権利は相対する存在、つまりは相手が認めて始めて成立する。
従って自己の権利主張の向うには相手側の権利が存在し、この点を鑑みるなら権利は一つの取り引き、契約と同義であり、経済と同じように公平なものは存在し得ない。