2019/05/07 05:28

「盆花」を採ってさあ帰ろうとしたその時だった、かよはかかとに激しい痛みを感じ思わず身を屈めた、そこへマムシが今度は腕に噛み付き、さらには着物の上から乳房まで噛まれ、かよはその日の夕方には命が尽きてしまっていたのだった。

腐りかかったかよに取りすがる喜助、しかし有ろうことか喜助の足元、かよの着物の袖の下から、今度は喜助に噛み付こうとくだんの丸々としたマムシが鎌首をもたげ、すんでのところでそれをかわした喜助は力任せにマムシの頭を踏みつけるやいなや、腰の鎌を抜くとマムシの背中に幾度となく、鎌の先を突きたてた。
「くそ、おのれ、何の恨みがあってかよを・・・」
喜助はマムシが細かい肉切れになるまで、鎌を付き立て切り刻んだ。

喜助がおかしくなったのはこの時からだった。
それまで草一本生やさないかのように手入れされていた田畑はあっと言う間に荒れ果て、やがて酒や博打に手を出すようになった喜助はいつしか田畑も家も失い、挙句の果てにはつまらぬチンピラと喧嘩し、短刀で刺され死んでしまった。

そしてここは地獄・・・。
血の池では多くの男や女が邪鬼達によって溺れる寸前まで棒で血の中に沈められ、息も絶え絶えのところで離され、また白目が浮くまで血の中に沈められると言う責め苦が延々と続けられ、そうした者たちの中にに喜助の姿もあったが、ある日のこと、この地獄へ天上の世界から一人の女が喜助を訪ねてくる。

「喜助どん、喜助どん」
あでやかな着物を着た見知らぬ女は喜助を呼ぶが、血の池の中で目だけを出している喜助は黙ったまま、女を睨み付ける。
「わたしは喜助どんの女房に噛み付いたマムシです」
「喜助どんと女房さまには何の恨みもございませんでしたが、それでもマムシで有る以上、人が来れば噛まねばなりません」
「ただ私のこうした業によって、女房さまは死に、喜助どんをこうして地獄に落としてしまいました」
「一言、このことを詫びたくて仏様に頼んで喜助どんに会わせて頂きました」
「ほんに、ほんに申し訳もなく、何卒お許しくださいますよう、そして一刻も早くこの地獄からお救いくださいます様、仏さまにお願い致します」

マムシはひれ伏すように喜助に頭を下げた。
これを見ていた喜助、やがて何かを思い出したのか地の底から搾り出すような声でこう言う。
「おのれはあのときのマムシか、うぬは俺が助けたにも関わらず、俺の一番大切なかよを俺から奪った。許すものか、絶対許すものか、三千世界のどこにあっても俺はお前を祟ってやる」
「どこに有っても如何様な形を為していようと、何度でも鎌で切り刻んでくれる」

「喜助どん、そんなことでは喜助どんはいつまでもたってもこの地獄から出られません」
「私はそのことが辛いのです」
「かよさまも喜助どんのことを安じておられます」
「かよ、かよはどうした、かよは今どこにいるんだ」
喜助はかっと目を見開くとマムシの着物の裾を掴んだ。
「かよさまは極楽においでです」
「もし宜しければかよさまにお会いできるよう、もう一度仏さまにお願い致しましょう・・・・」

「おお・・・、かよ、それに俺の子は・・・」
「かよ、俺はお前に合わせる顔が無い、だが会いたい、せめてもう一度会いたい」
「分かりました、今しばらくお待ちを・・・」
マムシはそう言うと、暗黒の空間を静かに上へ上へと登って行き、やがて姿が見えなくなったが、程なく今度はなにやら光の粒が上からゆっくり降りてきて、それは近付くと何と「かよ」だった。

「喜助どん、お久しゅうございます」
「あなたの話を聞いて盆の用意を焦り、そしてこんな仕儀となってしまいました」
「喜助どん、どうか許してください」
「おお、かよ、かよ、どうして死んでしまったのだ、俺はお前が死んでから生きていくのが嫌になっていた」
「そして散々悪事を働き、今はこのざまだ」
「喜助どん、どうか私もそうですが、マムシのことも許してやってください」

「マムシは近くに人が来れば噛み付くのが業と言うもの、その業に従っただけの事です。それゆえマムシを許してやって欲しいのです」
「かよ、お前の腹の中には俺の子がいた、そしてマムシの腹の中にも子がいた、俺は本当はマムシを恨んでなどいないかも知れない、本当に恨んでいるのは仏だ」

「俺もマムシも、いやお前とマムシさへ出会わなければ、そもそも俺もマムシも殺し合わずにすんだはずだ」
「それを仏は仕組んだ、子が産まれて幸せになるはずだった俺とお前を不幸のどん底に追い込み、そしてその報いと称して俺は地獄に有る」

「俺達はまるで仏のオモチャか・・・」
「喜助どん・・・・」
かよの頬から大粒の涙が流れ落ちた。
だが次の瞬間、とても大きな光が天上から差し込んだかと思うと、何と今度はかよの隣に地蔵菩薩が立ち、やはりかよと同じように頬から涙を流しているのだった。

                                                          「盆花」・3に続く