「Bt 生物の人為的揺らぎ」・2 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/05/08 06:17

ちなみに日本政府も遅ればせながら、こうした研究の重要性を考え、日本人の主食である「米」に関しての研究が、農林水産省農業生産資源研究所で行われた経緯があるが、ここで行われた研究はC4サイクル遺伝子を稲に獲得させる研究だった。
現在日本に出回っている稲はC3サイクル光合成と呼ばれるもので、これはトウモロコシなど限られた植物が持つC4サイクル方式から比べると、大変に効率の悪い光合成になっている。

そこで農業生産資源研究所では現在の稲にC4サイクルの遺伝子組み換えを行う実験を続け、成功したと言う情報が有ったはずだが、その後こうした研究の情報は全く聞かれなくなった。
或いは知的財産保護の為に公開されていないのか、それとも米の消費が減少していくことから、無駄だと判断されたのかは知る由もないが、どうなってしまったのかは少し気にかかるところだ。

ちなみにこうした遺伝子組み換え技術がブームなったごく初期の段階のことだったが、1988年から1989年にかけて、日本企業が遺伝子組み換え細菌から作った、「トリプトファン」と言うタンパク質の一種を添加した健康食品を販売したが、この健康食品を食べて38人のアメリカ人が死亡した事件が発生している。

この事件では現在に至ってもその原因が分かっておらず、「トリプトファン」にも全く毒性はないが、遺伝子操作はある種「神の領域」でも有る。
人類は生物の謎や地球に関して全て分かっている訳では無く、むしろ根本的なことは何一つ分かっていない状態で、端末の事実のみを使って「発見」という偶然を組み合わせ、多くのものを創造したように考えているが、その実先のことなど何一つ考えられてはいない。

遺伝子組み換えの概念は極めてシンプルなものだが、例えばAの動物なり植物にBの植物や動物の特性を与える場合、Bの遺伝子を酵素を使って切り取り、それを「運び屋」の役割をするベクターに移植すれば良い。
この概念はウィルスによって風邪に感染する仕組みと似たようなものであり、事実遺伝子組み換えにはウィルスやプラスミド(輪状遺伝子の断片)などが使われ、こうしたベクターが宿主の細胞内に送り込まれると、そこで遺伝子が組み立てられ、やがては感染したように、すべての細胞がベクターが運んできた別の種の特性を獲得する。

多くのワクチンなどの製造、インシュリンの製造は大腸菌に人間の遺伝子が組み込まれて製造されている。

さて、人間はどこまでやって良いものだろうか・・・。
抗生物質の存在はその抗生物質に耐性を持つ細菌やウィルスを発生させ、既に抗生物質とウィルスのイタチごっこでは、ウィルスと人間の科学力は鼻の差程もなくなってしまった。
また人間のより便利な暮らしは、どこかで地球全体の気象にも変化を及ぼしたかもしれず、その為ばかりとは言い難いが、近年日本で発生する気象災害の規模は年々巨大化し、台風なども大きな勢力を保ったまま、日本に近づく事が増えて来たように感じる。

SARS、多剤耐性菌の発生、更には検査反応を示さない激症ノロウィルスや強毒性常在菌、激症性獲得菌、HIV,強毒性鳥インフルエンザなど、人類はこの40年ほどの間にこれまで考えられなかった微生物やウィルスと対峙することになり、地球や気象と向き合わねばならなくなった。
奇しくもこうした現象は、人間が遺伝子組み換え技術に目覚めた時期と時を同じくして発生してきたようにも思え、自動車やエアコンの普及と共に、気象環境が激しくなっているように見える。

これからの日本はその人口動態の高齢化傾向から、必ず少しずつ衰退していく、言わば下降経済型国家となっていく。
これは経済的に豊かな暮らしから見ると、少し悲しいことかも知れないが、その反面豊かさを少しずつ失うと言うことは良い面も持っている。
誰かの豊かさや利便性は、誰かの貧困や不都合でもあり、これは人間だけのレベルで語ることはできない。

それゆえ人間が豊かさや利便性を失っていくことは、広義では崩壊し始めてきた秩序が、少しずつ戻っていく可能性を秘めている。
その意味で、こうして世界に先駆けて経済を崩壊させ政治的にも崩壊し、それを認識しながらも享楽から逃れられない民衆の有り様は、世界のモデルケースとなるものであり、言わばこれからの先の日本及び日本人は、何をどう失って行くかを世界に示すことができれば、或いはいつか人類滅亡に繋がる「脅威」に対して、少しはその指針となるものを示す事が出来るかも知れない。

完全に安全な食品を口に出来るのは、全人類のうち、経済的上位者にある6%でしかない。
実は1本2000円のネギが買える人しか、現段階でも安全な食品を口にしていないのであり、その他は安全だと思っているだけに過ぎない・・・・。