「虚なる力・上」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/05/12 05:46

大いなる力はそれを眼前にする人間の心のやましさ、器量の小ささを映し出し、そうした心底の醜さ故に、大方の人間がそうであるように、同じような醜さを持った人間に姿形なき強迫観念を抱かせ、やがてそれは世界中に伝播していく。
この意味に措いて大いなる力、もしくはエネルギーは「神」に近いが、その本質は「自身の心の貧しさから発生する根拠のない、しかも際限のない暴走した恐怖である。

人類の歴史上始めて核分裂の理論が登場したのは1930年頃のことだった。
そして1938年1月、ドイツの物理学者「オットー・ハーン」と「フリッツ・シュトラスマン」はついにウラン235に衝撃を与えることで、核分裂させることに成功にした。

だが、この段階でウランの核分裂が大量破壊兵器となることを予測できたのは限られていた。
その破壊エネルギーを計算する事ができたごく限られた科学者達、彼ら以外に核分裂が核兵器に進化していくことを予測できた者はおらず、1939年にはドイツで核兵器の開発が始まるものの、当時のナチス・ヒトラー総統にしても核分裂が世界的な驚異となる事を理解できておらず、この意味に措いて核兵器開発の初期段階は科学者たちがそれを牽引していたと言うべきだろう。

その当初はドイツで始まった核兵器開発、しかしヒトラー総統は核分裂のエネルギー量をその脳でイメージする事ができず、予算は全く話にならないほど少なかったことから、当時ドイツの核兵器開発に深く関与していた「ヴェルナー・ハイゼンベルク」は、早い段階でドイツの核兵器開発は無理だと考えていたようだ。

またこうした核分裂の理論そのものが、ドイツ系のユダヤ人科学者たちによって提唱されていた事、その研究者にやはりユダヤ人系が多かった事から、ヒトラーは核兵器そのものを「実にユダヤ人的」として、合理性を欠いた感情論によって排除している傾向に有った。
当時世界で核兵器に関しては最も進んでいたドイツにしてこのこの様相だったのだ。

しかしこうしたドイツに過剰反応したのが、ドイツを追われ、或いはナチスの迫害によってドイツやイタリアからアメリカへ亡命したユダヤ人系の科学者たちだった。
彼らは核分裂のエネルギー量を計算できたことから、もし核兵器がドイツによって先に完成されたなら、アメリカと言わずヨーロッパと言わず、全ての戦況がドイツの勝利につながっていく事を予測できたし、あの狂気のヒトラーの事である、場合によっては人類滅亡も有り得る事が理解できていた。

更にはユダヤ民族がどうなるかも予測できていた。
それゆえ何としてもドイツより先に、連合国側が核兵器の開発に成功しなければならず、この事が実現できない以上ユダヤ人系科学者たちの未来も、またユダヤ人の未来も存在し得なかったのである。

1939年8月こうした背景の中でドイツの核兵器開発は本格的に開始されるが、当時ドイツ軍人でこの核兵器開発の意義を正確に理解していた、つまりその価値が分かっていた者は「フリードリヒ・フロム大将」ただ1人だったのではないだろうか。

フロム大将はある種の独断で賛同者を募り、そこでドイツ人科学者達を集め、核兵器開発に乗り出していたのであり、この点で言えばドイツは技術はあっても、それが核兵器開発に繋がる道は遠く、実はアメリカへ亡命していたユダヤ系科学者達は、現実には存在し得ない恐怖に突き動かされ、アメリカ政府に対して核兵器開発を急ぐように進言していく道を辿るのである。
ヒトラーは新兵器開発に関して、6週間以内に実戦使用可能な兵器開発以外の開発を認めてはおらず、これを考えてもドイツの核兵器開発は「不可能」だった。

ドイツが核兵器開発に乗り出した1939年8月、時を同じくしてアメリカへ亡命していたユダヤ系物理学者「レオ・シラード」達は同じくアメリカに亡命していた、相対性理論で有名なアインシュタインの署名を借り、「フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領」に核兵器開発を急ぐよう親書を送る。
しかしルーズベルトはヒトラーがそうだったように、やはり核エネルギーのイメージをその頭脳に構築する事ができず、全く関心を示さなかった。

実は政治家で漠然とでも核分裂のエネルギーをイメージできた人間は、この1939年には世界中に1人も存在していないが、これに一番最初に気づくのがイギリスのチャーチル首相だった。
彼は1941年の段階でMAUD委員会の報告を受け、漠然とだが核連鎖反応が次の世界を支配するほどの兵器であることを理解し、それと同時にナチスドイツが先にこれを開発した場合、連合国の勝利はなくなる事を理解したに違いない。

MAUD委員会の報告はすぐさまアメリカのルーズベルト大統領にも伝えられ、ここで始めて核分裂反応の価値を曲がりなりにも理解できたルーズベルトは、「マンハッタン計画」を始動させ、アメリカに亡命して来ているユダヤ系科学者や、アメリカの科学者達を総動員して核兵器開発に乗り出すのである。

「ニールス・ボーア」「エミリオ・セグレ」「エリンコ・フェルミ」「ジョン・フォン・ノイマン」など世界の頭脳とも呼べる科学者たちに加え、ハーバード大学の学生まで動員してアメリカの核兵器開発は始まり、この段階でアメリカは核兵器開発の先端に立つが、こうした核兵器開発の他国の情報は、全て他国の科学者達からもたらされたことから、アメリカ政府は実はユダヤ系科学者をそれほど信用してはおらず、その全ての作業は分業制になっていて、それぞれの科学者達は全体的な核兵器開発の進捗情報を知ることはなかった。

                           「虚なる力・中」に続く