「ただ一羽のヒナ」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/05/20 05:05


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                                               2011  8 24撮影


今年も家の仕事場からは、恐らく100羽を数十羽の単位で超えるツバメたちが巣立っていったに違いない。
毎日階段を上がり降りする度に「こいつは何だろう」と言うような顔をして、こちらを見ていたツバメのヒナたちは、今はもう元気でみんな風を泳いでいる。

だがこうして大方が元気に巣立って行く中で、どうしても生きることが出来ない命と言うものも現れてくるが、一番最後に二度目の卵を生んだツバメの巣には、合計で5羽のヒナが生まれたにも関わらず、カラスに巣が襲われ、その為に1羽のヒナが犠牲になり、残りのヒナも全て巣から落ちてしまった。

こうした事からかわいそうに思った私は、それから梯子を使ってヒナたちを巣に戻したが、一度襲われた巣を警戒するのか、恐らく親鳥の指示なのだろう、何度巣に戻してもヒナたちは自分から巣の下に落ちていった。
そしてこうした事が続く中で2羽のヒナが、それぞれ1日を措いて次々朝になるとコンクリートの上で死んでいた。

毎朝5時、私はこうしたツバメたちや、一度巣立ってもしばらくは戻ってきているツバメたちのために窓を開ける。
そのとき天井付近を舞う元気なツバメたちと、コンクリートの土間でまだ羽ばたくこともできない本当に小さなヒナが二羽、互いに体を寄せ合っている様の、あまりの落差に涙を禁じ得ないものがあったが、やがてそれから2日後、その2羽しか残っていなかったヒナの内、更に1羽が弱って死んでいて、その隣で寂しそうに鳴いているツバメのヒナに手を差しのべると、まるでしがみつくように指にとまってきていた。

「あー、この命の何といとおしい事よ・・・」
何とかしてこの1羽だけでも生かしてやりたい」そう思ったものだった。
幸い親ツバメはコンクリートの土間にいるヒナに餌は運んでいるようだったことから、あとは猫や蛇が入らないように目張りを増やし、たった一つの出入口にはトタン板を切って、それを折り曲げて外から打ち付け、カラスが窓にとまれないようにし、夜はネズミから守るた為、ヒナに網目の籠をかぶせていた。

二階からそーっと覗いていると、コンクリートの土間にいるヒナに親ツバメがやはり土間まで降りて餌を与えていた。
また先に巣立って行った他の巣の子ツバメたちが、やはりこのヒナの上の止まり木にたくさん来ていて、ヒナに何か語りかけているようで、それに対してヒナも何か言葉を返しているようだった。

そしてようやくこの大きさになった。
今ではたまに羽を動かすこともあるし、私が近くに行っても逃げずに、少し首をかしげたようにこちらを見ている。
鳴き声もかなり元気になり、この調子だと来週には恐らく飛び立つことが出来そうだ。

思えば母がこの世から旅立って行くのと入れ替わりのようにしてやってきたツバメたち、この4ヶ月の間に彼らは100を超える生命を育み、私はおかげで全ての田に稲穂を実らせることができた。
死んでいく者と生きる者のこの落差の何と甘美な事よ・・・。
生きていると言う事は何と大きな事よ・・・。

暑い夏、炎天下でのたった一人の農作業、あまりの苦しさにコーラをがぶ飲みし、軽トラックの影でへばっていても誰も知る由もないが、どこからやってくるのかたくさんの尾羽の短いツバメたちが周囲を舞い、それは私の耳元をかすめるように何度も行き来していた。
その姿にわずかに元気を取り戻し、「よし、もうひと頑張り」と腰を上げたものだった。

この最後のヒナ、彼が大空に舞い上がったら、じきに稲刈りの準備が始まる。
また仕事もどんどん新しい企画が始まって来る。
私の生き方はもしかしたら間違いだったかも知れない。
でもこれで良かった。
これが私だった・・・。


※ 本文は2011年8月25日、yahooブログに掲載されたものを再掲載しています。