2019/05/21 05:14

ひとりの権力者がこの世を去る時、本当は気に入らないが、既に次の権力者となっている男を病室に招いた。
「閣下、私に如何なるご用向きでしょうか」
その次の権力者は自分が実権を握るために追放した、まさに当人で有る以前の権力者を前に慇懃な言葉遣いで敬礼する。
「心にも無い態度はもうよせ」
「私を追放し、そして私の力を使って仮面を被り、多くの者を欺いた独裁者よ」
「これは閣下のお言葉とも思えない」
「私は常に閣下の為に、そしてこの国家の為に働いて来たつもりですが、まことに心外です」

「もう良い、私はお前の事は大嫌いだが、この国を愛している」
「ゆえに、この国がもしお前がいなければバラバラになるなら、お前も愛さねばならぬ」
「閣下、賢明な選択です」
「私はもう長くない」
「閣下、どうかいつまでも長生きして、我々をご指導ください」
「心にもない事を言うな!、早く死ねと思っているだろう」
「・・・・・」

「まあ良い、そこで最後にあたって、お前に遺書を残して置こうと思う」
「私にですか・・・?」
「そうだ、もし自分が政治的に行き詰まったら一枚づつ読め」
そう言って前の権力者は今の権力者に3通の封書を渡し、そこには1から3まで、開封する順序が記されていた。

「良いか、行き詰まったらその度に一枚ずつ読むんだぞ」
「閣下、ありがとうございます」
今の権力者は舌を出しながら、それでもやはり慇懃に深い礼をすると感謝の言葉を口にし、それを聞いて安心したのか前の権力者は静かに息を引き取った。

そして新しい権力者の政治的危機は意外に早く訪れ、地に落ちたとは言え前権力者の影響者達が次々反旗を翻す中、行き詰まった権力者は「遺書」の事を思い出し、その1枚目を開く。
「この手紙を読んでいると言う事は、反乱者が続出していると言うことになるだろう、従ってその打開策は私を必要以上に持ち上げ、そしてその路線を継承するとしていくことだ」

行き詰まった権力者は藁をもつかむ思いで、これを実践し、そして危機は去っていく。
やがて数年は安定した時期が続くが、そうこうしている間に、どこかでは景気も悪くなり、またしても権力者に対する批判が国内に渦巻くようになり、権力者は2度目の危機を迎える。
「どうしたら良いものか・・・」
「あっ、そうだあの遺書があった」
権力者は今度は2枚目の遺書を開封する。
「またしても危機か、今度は徹底的に私の路線を否定し、私を貶めることだ」
前権力者の遺書にはそう書かれて有った。

「そうか、今度は反対の事をすれば良い訳だな・・・」
権力者はそれから改革と称してこれまでのやり方を一掃し、崇め奉っていた前権力者が悪かったと言うプロパガンダを始め、これに賛同した市民たちはやがてまた大人しくなって行った。

「この遺書はすごいな・・・」
権力者は改めて前権力者の力の偉大さを思い知り、それからは政治も順調になっていくが、そんな権力者も少しずつ健康に不安が出始める頃、またしても国内政治が不安定になってきて、中々警察や軍隊でも抑えきれなくなってきた。
この危機に際し、もはや絶対的信頼を持つにいたっている前権力者の遺書が有ることから、そう大して慌てずに最後の遺書を開封する権力者、しかしそこにはこう書かれてあった。

「まず私が書いたものと同じ内容の遺書を3通書け」
「そしてそれを次の権力者に渡したら、ピストルに弾丸を込めて、それをこめかみに当てて引き金を引け」

                                                     「3通の遺書」・2に続く

※ 本文は2011年8月29日、yahooブログに掲載したものを再掲載しています。