「形の無い効果」・1 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/05/28 05:08

あなたがもし瀕死の傷を負い、そして意識が無かったとしよう。
もはや自分が生きていることも、死んでいる事すらも認識できない状況にある時、それでも心臓は心拍数を高め、フル稼働で血液を送ろうとするし、それに連動して肺は多くの酸素を取り入れるべく呼吸数を増やし、あなたにその意思が有ろうと無かろうと、生きる為に最大限のバックアップをしてくれる。

人間が生きていると言う事は実は2つのシステムによって組み上げられていて、その一つは生体として、そしてもう一つは生きていることを自覚する脳機能上の「生」があり、これらは連動し、共に人間の「生」を支えている。

従って人間の「死」には生体上の「死」と脳機能上の「死」が存在し、現代医学ではこれらは必ずしも一致した概念で捉えられていないが、人間の「生」の基本は生体上の「生」の上に脳機能上の「生」が乗っている状態と言え、これらは本質的に同じ道のりのその長さの差でしかなく、ゆえに人間が生きていると言うことは、自身が意識しようがしまいが「生きたいと願う意志」によるものであり、この観点から考えるなら、人間の「死」は如何なる事故や災害であろうと、その最後の瞬間は「自分の意思による死」と言える。

人が何故生きているのか、その理由は現代の我々には理解出来ておらず、近代医学でもこのことは解明されていない。
人類は数千キロメートル離れた「場」にある者同志が気軽に話せる時代になっても、なぜ朝目が醒めるのかすらその理由がわからないのであり、近代西洋医学は何かしらの真実のように思われるかも知れないが、その実は現象解析とその傾向による規則性を頼りにした対処方法でしかない。

癌の特効薬と言われながら、未だに日本政府が医薬品としては未承認措置を取り続けている「丸山ワクチン」、その発生の元となったのは「ツベルクリン」だったが、「ロベルト・コッホ」が発見したこの「ヒト型結核菌製剤」は、結核菌に対する免疫療法として開発されたものの、逆に病状を悪化させる結果をもたらし、このことからツベルクリンによって発生する副作用の除去を研究していた「丸山千里」(1901-1992)は、その過程で結核菌に措いては「たんぱく質」が病状を悪化させ、「多糖体」がその病状を治癒していく事を発見する。

やがて皮膚結核や肺結核の治療に、自身が開発した「多糖体」ワクチンを臨床試験し始めた丸山は、その多糖体ワクチンが結核菌と同じマイコバクテリウム属の中にある「らい菌」や、この「らい菌」が原因となって発生する「ハンセン病」にも効果があることを知るが、こうした症状に関しても臨床を続ける中で、「結核症状」、「ハンセン病」患者には癌患者が少ない事を感覚的に感じるようになっていく。

1945年ごろからこうした研究を続けていた丸山、1950年代後半くらいになると、現在でこそ結核菌保有が肺癌のリスクを高めることが確認されているが、彼の中ではこうした因果関係が確定的に思われるようになって行った。

しかし丸山が追っていた、こうした病状と癌発生リスクの因果関係は感覚的なものであり、例えばドイツ人には肥満が多く、東南アジア諸国には肥満が少ないと言う因果関係に似たもの、いわゆるこの場合その国家の経済力や食生活に直接の原因を求めなければならないものを、漠然と国家比較したようなところが有り、結果としてそうかも知れないが、「原因」は他に存在している事象に因果関係を見ていたとも言える。

だが「ハンセン病」や「結核」患者に癌発症が少ない事を、ある種確信し始めていた丸山は1965年、ついに自身が開発した「多糖体免疫製剤」、いわゆる「丸山ワクチン」を癌治療に使用するようになり、これが当時、そして今もそうだが不治の病だった癌の治療薬として、薬事審査以前に社会的関心を集めてしまった。
そしてこの事が結果として「丸山ワクチン」の存在を政府承認から遠ざけてしまった経緯が発生してくる。

                         「形のない効果・2」に続く