「9時37分のミステリー」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/06/02 04:46

1962年5月3日、午後9時37分。
この夜は新月で月明かりも何もない暗い夜だったが、当日早朝発生した東北の地震、それに「東北本線古賀駅」で発生した脱線事故で一日中ダイヤが乱れっぱなしだった常磐線三河島駅構内では、夜になってもダイヤが正常に戻らず、通常であれば田端操車場から水戸へ向かう45両編成の下り貨物列車「287」は、三河島駅を通過して下り本線に入るのだが、この夜は同じ下りの「上野」発「取手」行きの6両編成電車「2117H」が、上野を出る時点で既に2分30秒ほど遅れており、貨物「287」はこの電車を待つ形となった。

しかし貨物「287」を運転していた機関士は、三河島駅場内信号が「黄色」になっていることを見逃し、貨物「287」は三河島駅構内へ進入、出発信号が「赤」になっている事には気がついたが時すでに遅し、非常ブレーキをかけたものの間に合わず、貨物「287」は安全側線へ進入後、先頭の機関車両とタンク車が脱線し下り車線を塞いだ。

そこへおよそ4分ほど遅れていた「上野」発「取手」行き6両編成の電車、「2117H」が乗客を乗せ終えて差し掛かり、やはり非常ブレーキをかけるが間に合わず、「2117H」は貨物「287」に衝突し、今度は常磐線上り車線を「2117H」の車両が塞ぐ形で脱線した。

だがこの時点では貨物「287」の乗務員も「2117H」の乗客、常務員の中にも重篤な怪我を負った者はおらず、「2117H」の乗客達は非常用ドアコックを操作し、ドアを開けると外へ避難、そして皆「南千住」方向へと線路を歩いていた。

そしてこの事態に三河島信号所の係員は常磐線下り車線の信号を赤に切り替え、係員から連絡を受けた三河島駅助役は下り線の後続列車の運転を全て停止したが、上り線に関しては状況が掴めていない事から「事故発生」とだけ連絡された。

ところでこの同じ時刻、やはり早朝の東北の地震の影響で一日中ダイヤが乱れていた南千住駅では、約2分ほど遅れて「取手」発「上野」行きの9両編成上り列車「2000H」が乗客を乗せて発車し、同時刻に上り線支障ありと三河島駅からの連絡を受けた南千住駅信号所では、慌てて信号を赤に切り替えるも時既に遅し、「2000H」は信号所の前を通過している最中だった。

結局「2000H」の機関士は常磐線上り車線が事故によって塞がっていることを知ることなく三河島駅構内に入り、先に脱線した「2117H」から降りて南千住方面に歩いていた乗客達の姿を発見し緊急ブレーキをかけたが間に合わず、「2000H」は「2117H」の乗客を次々はねとばしながら「2117H」の先頭車両に激突大破し、「2000H」の2両目以降の車体は高架橋から落下して倉庫に激突、こちらも全て大破した。

この事故で線路を歩いていて撥ねられた「2117H」の乗客、「2000H」の乗客の内160人が死亡、296人が負傷を負った。
これが現在のJRの前身、旧国鉄戦後5大事故の1つ「三河島事故」である。

そしてこの事故では事故発生後数多くのミステリーや偶然が発生しているが、その中でも不可思議な事に、この事故でたった一人だけどうしても身元が分からない犠牲者が存在し、身長163cm、丸顔のこの男性犠牲者の事は誰も知る者がいなかった。

そこで警察は当時導入された「モンタージュ写真」を作成し、全国から情報を集めたが、恐らく線路を歩いていて撥ねられたであろう27、28歳くらいの同男性の身内、知人すら現れず、言うならば日本で誰も知らない人が電車に乗り、そして撥ねられていたのだった。

この捜査には最終的に霊媒や占い師まで動員されたが、高名な霊媒や占い師、預言者をしても皆目見当が付かず、結局この男性の遺体は「行旅死亡人」、つまりは行き倒れの身元不明者として三河島駅付近の寺に埋葬され、現在に至っても一人の関係者も現れていない。
一部ではこの男性の遺体の手には数珠が握られていたとも言われているが、誰も見たことすらなく、知っている人間が全くいない状況と言うのも有り得るものなのだろうか。

またこの当時、名称記述は差し控えるが、組織力を動員し一大勢力となりつつ有った新興宗教団体が存在し、この教団では入信する時、それまで家に置いてあった仏壇や位牌などは焼却してしまわねばならかった。

そして奇妙な事に、後日この鉄道事故を詳しく検証しようと考えた新聞記者、A氏は被害者を調べていく中で、何故かこの新興宗教にぶつかってしまった。
死者160名、負傷者296名の内、120人前後がこの新興宗教に入信し、仏壇や位牌を全て焼き払っていた人たちだったのである。

つまり「2117H」と「2000H」の車両に乗っていた、この新興宗教信者の全てが死亡したか負傷した訳で有り、決して全員が死亡、若しくは負傷したわけでは無いのにこの確率は異様だった。
当時発刊されていた週刊誌の三面記事専門コーナーでは、様々な心霊学の関係者たちが「そら見たことか」と言わんばかりに、この鉄道事故に付随して同新興宗教団体を問題視しているが、何故か半年後にはこうした話が全て消えている。

ただの噂話だったのか、それとも何かの圧力が加わってそうなったのかは、今となっては判らない。

一番のミステリーは生きている人間、その人間がつくる社会と言うことかも知れない。