「制御」 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/06/13 05:17

1911年ラウスと言うアメリカ人研究者は、鶏の胸部にできた腫瘍が特定のウィルスによって生じている事を発見したが、この腫瘍、ラウス肉腫を発生させるウィルスは「レトロウィルス」と言って、HIVなどのウィルスと同じ「逆転写酵素」を持つウィルスだった。

基本的にウィルスの正体は半分死んで、半分生きている状態の半生命の状態のものであり、これが単体では増殖できず、従って必ず「宿主」に寄生し、そこで自分の設計図だけを広げ、その宿主の細胞を使って自分を組立させ、増殖していく仕組みを持っている。

このように自己のRNA(設計図)を使って、宿主細胞の中でDNA(遺伝子)作り出してしまう特殊酵素の事を「逆転写酵素」と呼ぶが、この酵素を持つウィルスに感染した細胞内では、設計図である一本鎖のRNAから最終的には二本鎖のDNAが作られる。

そして1970年、制限酵素と言う、いわゆるDNAを切断できるハサミの役割を果たす酵素が開発され、この事によってウィルス設計図によって発生してくるDNAを切断する事が可能となり、その切断されたDNAの断片の中から、特定の条件下で「癌」を発生させる「癌遺伝子」が発見され、分離する事に成功した。

癌細胞の分裂能力は、正常細胞の分裂能力を遥かに凌ぐ高い増殖能力を有している事のみならず、連続して絶え間なくそれが繰り返され、やがてそうした癌細胞によって正常細胞は死滅し、癌細胞が何層にも重複した「腫瘍」が形成され、しかもこうした癌細胞の細胞同士の接着力は普通細胞より脆弱な為、悪性の腫瘍は特にその細胞が簡単に剥落し、それが血液やリンパ球に乗って生体の他の組織へ運ばれ、そこで更に腫瘍を発生させるが、この事を「癌の転移」と言う。

だが最先端の研究では既に「癌発生遺伝子」の分離に成功しているだけはなく、「癌抑制遺伝子」の分離も可能となっていて、癌抑止DNA(遺伝子)については、あらゆる生物の端末に及ぶ範囲までの細胞に、この「癌抑止DNA」が含まれていることまで判っている。

またこうした「癌抑止DNA」はもうひとつの作用として、正常細胞が分裂(増殖)する際、その調節に関係する「制御」の機能を有していると見られ、この事から可能性として「癌」は制御を失った細胞増殖と見ることも出来るのである。
同一細胞内で癌遺伝子のDNAが活性化される、もしくは癌抑止遺伝子の機能が不活性化されると、一番最初に正常細胞が被るダメージはその細胞分裂の調整機能であり、それまで正常だった細胞が次々がん細胞に変化して行ってしまう。

ある種の「発癌物質」が生体内に取り込まれると、肝臓の「P450」と言う酵素の作用が働き、その発癌物質は高い水溶性を持つ構造へと変化し、活性化された発癌剤となってしまうが、この物質が「癌抑止遺伝子」のDNAの内、「A」「T」「G」「C」の4種の「塩基」、つまりは遺伝子を構成する基本単位の内の4種だが、これらの中のいずれかの塩基と結合する。

そうすると、その結合した塩基部分の遺伝情報(設計図)には微妙に狂いが発生し、為に「癌抑止遺伝子」が突然変異を起こす。
この事が生体に癌を発生させる原因となり、ちなみにこうした発癌物質の代表的なものが「ベンゾビレン」「ニトロソアミン」「バターイエロー」などの化合物である。

そして癌発症要因は「外的要因」と「内的要因」の2つに大別されるが、前者は発癌物質やアスベストなどの摂取や吸引、後者は内分泌異常、ホルモン作用によるものと考えられ、基本的に癌は二段階の過程を以って発生している。

イニシエーター的な作用が始まり、これによってまず正常遺伝子が制御を失い、細胞増殖が活発化する。
これを「初発因子」と言い、続いてイニシエーターをプロモートする、つまりはイニシエーターによって発生した癌の「初発因子」が引き起こす作用を、継続させる物質や作用が存在し、これを「促進因子」と言う。

例えば肝臓癌では「フェノバルヴィタール」、これは「鎮静剤」の成分だが、これが癌のプロモート役を果たしているとされ、肺癌ではタバコの「ニコチン」がこの「促進因子」になっていると考えられている。
この事はマウスを使った実験でも立証されているが、しかし一方で発癌物質が少量の場合は癌の発症とはならず、またプロモート役の物質だけを投与しても癌発症とはならない。

この事から、私たちは日頃から発癌物質の摂取に注意しなければならないが、同時にそれを促進させる物質にも注意が必要であり、なおかつ癌が持つその初発因子である「細胞増殖」を考えるなら、癌細胞の有り様は細胞の基本力学のようにも思える。

生物は細胞が新しく作られなければ生体を維持できない。
従って細胞の増殖は絶対必要条件であり、ある種の「力」でもある。
ただ人類が持つエネルギーと同様、それを制御できなければ自分が滅びてしまう。
この有り様を鑑みるに、人間個々の誕生と死は、どこかで人類全体の生存と滅亡と同じもののように私は思える。

加えて人類は生物界の癌細胞では無いかと言われる事が有るが、確かに増殖を繰り返し、資源を浪費し、他の動植物を滅ぼす事を思えばそう言われても反論出来ない部分がある。
しかし私は来年同じ事が言えるかどうかは疑問だが、今の段階では人類に対する「抑止遺伝子」的な自然作用はギリギリ働いているように見える。

また癌細胞が細胞と言う基本的な部分では「力」で有るのと同様、人類も自身が自身を制御し続ける事が出来たなら、この自然界の大きな力になれる、そう思う。

ただし今の世界、日本人のような有り様では、どう考えても、いずれ人類と言う単位は生物界の癌細胞にしかならないかも知れない・・・。
また人類と言えば遠く、何か大きな事のように思っているかも知れないが、それは誰有ろう私たち自身の事だ・・・。