「ケチの極意」・1 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/06/14 05:42

「和典さ~ん」
「えっ、僕?」
何と憧れの女優「深田恭子」が、事もあろうに自分の名前を呼びながらこちらに走って来る。
緑の草原、朝もやがかかったような景色の中、深田恭子はにこやかに手を振って、スカートの裾を翻しながらこちらに走ってくる。

「えっ、何かわからないけど、これはラッキーかも・・・」
佐藤和典(さとう・かずのり・仮名・31歳独身)は状況が良く呑み込めないものの、取りあえず憧れの深田恭子を迎えるべく、両手を広げる。
そして深田恭子がもう1mもすれば自分の手の中に入ってくる。
「恭子さん・・・」

とその時だった、突然吹いてきた突風に、何と深田恭子は飛ばされ、遥か空の彼方へ消えて行ったかと思うと、今度は横から深田恭子がにこやかに笑う大型看板が、風に乗って佐藤の顔めがけて飛んでくるのだった。
「あ~・・・助けて」
「ガーン」

「んー・・・、やはり夢だったか・・・」
佐藤は頭をかきながらパイプベッドの上で上半身を起こした。
が、何故か夢の割には現実に少し頭も痛い、これはどう言うことなのだろうと、辺を見回すと、何とそこには20代とも40代とも分からぬ妙齢の女が、佐藤がいつも仕事で使っているファイルを持って立っていた。

「どう、目が醒めた?」
「はあ・・・、でもあなたは誰ですか」
「わたしは荒霊度計知姫之命(あらたまどけちひめのみこと)、通称ケチの神様よ」
「えっ、何でそんな人がここに、それにドアには鍵がかかっていたはずだけど・・・」
「最近さー、人間界も何かと浪費ぐせが付いてきて、それで神界でも問題になってる訳よ」
「だから年に1回抽選で選ばれた人間に節約の大切さを教えるキャンペーンをやってて、その抽選に今年はあんたが当たった訳よ、有り難く思いなさい」

「俺、まだ夢をみているのかな・・・」
「何ならもう一度頭を叩いてあげようか」
「お願いします」
「パーン・・・」
「ううっ、やっぱり夢じゃないのか・・・」
「当たり前でしょ」
「でも神様なら何でそんな格好なんですか、普通着物か何かではないんですか」

「あんた本当に馬鹿ね・・・」
「私が何でこんなAKB48風の格好していると思ってるの、これでも人間に違和感を与えないように時代に合った服装をしなさいと、上から言われて仕方なくこんな格好してるんじゃないの」
「でも、その格好は逆に怪しいのでは・・・」
「あんた、もう一度叩いてやろうか・・・」
「いえ、結構です、とても良くお似合いで・・・」
「そうそう、人間正直が一番よ」

「で、僕は一体どうなるんでしょうか」
「簡単なことよ、今日の日の出から日没まで私が付いて色々指導するから、それから後は教えたことを守って生活すれば良いだけのことよ」
「はあ・・・しかし、まだ午前6時ですが・・・」
「あんた、そんなことだから出世もできず、女にもモテないのよ」
「まずこの汚い部屋を掃除しなさい」

「いや、掃除と言っても僕は今日も仕事に行かなければならなくて・・・」
「つべこべ言ってるとまた叩くわよ、仕事に行く前に掃除するんじゃない、身の回りをきれいにしておくことがケチの基本よ、ほら早く!」
そう言うとドケチの女神は部屋のローソファに座り、腕組みをして佐藤の行動を目で追っていた。

窓枠もきちんと拭くのよ、それにキッチンもしっかりと片付けなさいよ、手を抜いてもすぐ分かるんだからね」
「それと朝起きたらまず顔を洗って、歯を磨きなさい」
女神の指示は佐藤が息つく間なく続き、やがてやっと掃除が終わり、顔を洗おうとして水道の蛇口を開いた時だった。
またしても佐藤の頭に女神のファイル叩きが入る。

「何で殴るんですか」
「あんた、水はね只じゃないのよ」
「流してどうするの、洗面器を持ってきて、そこに3分の1まで水を張ったら水道は止め、そこから歯を磨く分のコップ1杯の水を汲み、その残りの水で顔を洗うのよ」
「はあ・・・」
慌てて洗面器を持ち出し、女神の言う通りにする佐藤、しかし今度は夕べ脱いだ靴下と、汚くなったタオルを洗濯機に入れようとしたところでまた叩かれる。

「あんた本当にお金持ちね」
「こんな靴下とタオルぐらいの事で洗濯機を回してイイと思ってるの」
「そんな程度のものはさっき顔を洗った時の残った水に少し水を足して洗剤をパラパラ振りかけ、浸して置けば夕方には汚れは落ちるわよ」
「そして夕方帰ったらそれをまた洗面器に水を張って濯いでかけておけば良いのよ、女物の下着でもあるまいし、誰も持っていかないわよ」

                                                       「ケチの極意」・2に続く

※ 本文は2010年、yahooブログに掲載した記事を再掲載しています。