「ケチの極意」・2 | 古典漆芸技術 夏未夕漆綾

2019/06/14 05:43

「ところであんた、朝ごはんはどうするの」
「いや、朝ごはんは食べないんですが・・・」
「やっぱりね、そんな事だと思ったわ、まあそこは大目にみましょう」
「で、会社は何時から?」
「9時からですが・・・」
「ちょっと、もう8時よ、早く行かなきゃ」
「いや、会社はここから電車で10分くらいなので、そんなに早く出なくても間に合うんです」

「何を言ってるの、いつも遅刻ギリギリだから上司の受けも悪くなるんじゃない」
「今日は早めに行って机の上を整頓するのよ、さあ行くわよ」
「ち、ちょっと待ってください、そんな格好で会社まで来られては・・・」
「何、この私の格好では迷惑だとでも言いたいの」
「いえ、決してそのような事は・・・」
「心配しなくても大丈夫よ、私の姿が見えるのはあんただけだし、声も聞こえるのはあんただけなのよ、だから不用意に私に話しかけなければ人には分からないのよ、さっさと支度しなさい」

こうして会社へ向かったケチの女神と佐藤だったが、女神は会社へ着くなり佐藤にデスクの上を片付けさせ、ついでにフロア掃除までさせると、そこへ同僚たちがパラパラと出勤してきた。

「おっ、佐藤、珍しいなお前がこんな時間に会社に出てくるなんて」
係長は怪訝そうに佐藤に話しかける。
そこへ後ろから入ってきたのは会社の売上ナンバー1のスーパーレディ「進藤美沙」(仮名34歳)で、普段から愚図な佐藤をいつも見下したようにしか見ていない彼女は、早速やんわりとしたイヤミを佐藤に浴びせかける。

「あ~ら、佐藤君、どうしたの、成績がイマイチだからせめて態度ぐらいは改めようとでも思ったの」
「いえ、そんな訳では・・・」
「佐藤、そう言えば先月、たった3台しか売ってないんだぞ、ちょっとは真面目に仕事しろよな」
進藤美沙に引き続き、係長も思い出したように説教を始める。

それを佐藤の隣で聞いていたケチの女神は、まるで自分が言われているように思ったのか、思わず佐藤の背中をつつく。
「ちょっと、あんたあんな女にあそこまで言われて良く黙っているわね、髪の毛でも引っ張ってやりなさいよ」
「シーっ、黙っていてください」
「ふん、いけ好かない女だわ、まるでアマテラスみたいね、知ってる?彼女化粧の厚みが1cmも有って、笑うと顔にヒビが入るんで笑わないのよ」
「それに若い男がいる所しかいかないのよ」
「お願いですから、黙っていてください」

佐藤は押し殺したようにケチの女神の言葉を遮るが、それがどうも係長には聞こえたようで、「んっ、何だ佐藤、何か言いたいことが有るんなら男らしくはっきりと言え」と睨まれる。
「全く、今日は最悪の一日だな・・・」
佐藤和典、男、31歳独身は深いため息をついた。

やがて朝礼が終わり、営業の佐藤は顧客販促活動、いわゆる外回りの為、会社から街中へ出たが、相変わらずその隣にはケチの女神が付いてきていて、ブツブツと佐藤に話しかける。
「人間って馬鹿ね、あんな朝礼してるくらいなら仕事をはじめれば良いものを、あんなもの何の意味もないわよ」
「会社の決まりですから・・・」

「あんた、確か車を売ってるのよね」
「そうです」
「あんなもの売り歩いて売れるの?」
「まっ、一応会社へ来たお客様のところを、今度はこちらからお伺いして販売につなげるんですけど・・・」
「フーン、じゃカモの候補のところへゴリ押しする訳だ」
「そういう言い方はやめてください」

「でもさ、車が欲しいんだったらすぐに買う訳だから、それを買わずに帰った人と言うのはそこまで車が必要ではないんじゃない?」
「ですから、そうして迷っている方に決断して頂くようにするのが私の仕事なんです」
「それって・・・どうなんだろう」
「とにかく私はお客様の為にやってるんです」
「ふーん・・・」
女神は少しバカにしたような大げさなジェスチャーで何度も頷いた。

いつもの事だがその日も佐藤の営業は振るわなかった。
昼までに4件の顧客のところを回ったが、脈の有る感じの顧客は1人もおらず、殆どが体裁良く門前払いだった。
近くのコンビニから360円の弁当とお茶を買った佐藤は、街中の公園のベンチに座り、その弁当のラップを解き始める。

「あんた、やっぱりご飯は朝炊いて、そしてオカズも作って、夜の分まで作って置くと、そんな弁当代程はお金がかからないわよ」
隣で見ている女神は佐藤が箸を付けようとするとそう言ったが、すかさずエビフライとスパゲッティ、それにポテトサラダを弁当から抜き取るとそれを口に入れた。
「あっ、何するんですか、僕の弁当ですよ」
「神様には貢物が必要なのよ、私は今ダイエット中だからこれで勘弁して措いてあげるわ」
「お茶もよこしなさい」

「ねえ、あんた今の自分をどう思う?」
「どうってこんなもんですよ」
佐藤からお茶も取り上げた女神はおもむろに足を組み、ぐっとひと口お茶を飲みほすと空を眺めながらまた佐藤に話しかける。

                           「ケチの極意」・3に続く

※ 本文は2010年、yahooブログに掲載した記事を再掲載しています。