2019/06/14 05:45
「ねえ、人間が運命と呼んでいるものって、もしかしたらお金のことかも知れないわね」
「えっ、でもそれは違うんじゃないですか」
「そうかしら、お金が有れば何でもできると思ってるんじゃないかな・・・」
「お金で買えないものもありますよ」
「まあね、寿命なんかはそうね、でも優雅な暮らしや、あんたみたいな男に取って、女にモテる程度の事はもしかしたらお金で何とかなるかもね」
「どうしてですか」
「例えばさ、あんたが好きな女の子がいたとして、その子の家が貧しくて、あんたがお金持ちだったらどうする」
「1億円も有れば女の子はもしかしたら家族の事を考えて、あんたを好きだと言うかも知れないわね」
そしてあんたは女の子を手に入れる」
「人間の幸福とか、運命と言うのはそうした程度のことなんじゃないかな・・・」
「だから必死になってお金を稼ごうとする」
「そうやってお金を蓄え、それで物を買って、美味しいものを食べて、男や女を自分の周りに集めて、それで幸せだと思っていて、でも物は壊れていくし、新しい物がどんどん出てくる」
「それに人は老いていく」
「最後には何にも無くなるもののために必死で働いている気がしない?」
「何が言いたいんですか」
人間が言う節約、いわゆるケチもね、本当はどこかで何かが凹んだ分が、今度は違うところで膨らんいるだけかもね」
「どう言う事ですか」
「あんたが今食べている弁当の米にしても、それはお百姓さんに取っては血と涙の結晶かも知れない、でもそれはお百姓さんだからで、それとは関係の無い人にとってはどうでも良くて、お腹が一杯になったら捨ててしまうけど、でもそれでその人に天罰が下ったり貧しくなったりはしないわ」
「お米を捨てた人でもそれ以上にどこかで頑張っていれば、お米を捨てただけでは貧しくならない」
「でも確実にお米を捨てた分だけ損はする訳ね」
「だからケチと言うのはそれをやったから儲かると言うものではないのね」
「損をしないと言う事なんだけど、それも例えばゴミ拾いをしたとして、その為にお腹が減って何かを食べたり飲んだりしたら、それがまたゴミになっていく訳で、それは捨てれば自分の目には入らないけど、どこかでは誰かが処理していて、その分のエネルギーは消費していくのね」
「つまり自分の目には入らなくなった、凹んでしまったとしても、それはどこかでは同じものが膨らんでいるかもね」
「だから本当のケチはね・・・」
「ちょっと、最後まで話は聞きなさい」
「もう一時なんですよ、午後の分を回らないと・・・」
時間を気にしてもう歩きだしている佐藤、そんな佐藤を目で追いながら、深いため息をついた女神は、今度は慌てて佐藤を追いかける。
午後の訪問は9件、佐藤はその一軒一軒を丁寧に回って行った。
しかし毎度のことながら、商談成立どころか見込みすら立たない状況で、やがて4時を過ぎる頃には少し暗くなってきた感じがして、佐藤と女神はまた昼間の公園に戻ってきて、そこで2人並んで座った。
「また、ダメだったわね・・・」
女神は靴の片減りを気にしているのか、片方の靴を脱いで、その裏を眺めながらつぶやいた。
だが、ふと目を上げると、目の前には佐藤が立っていて、その右手は缶コーヒーを差し出していた。
「あんたもだいぶん分かってきたじゃない」
女神は佐藤から缶コーヒーを受け取ると、タブを開け口に近づけたが、何かを思い出したのかそれをまた膝の上まで降ろすと、ぼんやり夕日を眺めていた。
「あんたともこれでお別れね・・・」
「えっ、もう帰るんですか」
「そうよ、私の仕事は日の出から日没まで、もうすぐ日没よ」
「・・・・・・」
「じゃ、最後にケチの奥義を伝授しておくから、良く聞いておきなさい」
「ケチな事は結局損をしないと言うことなんだけど、でも人間のケチは結局損をするケチが多いのよ」
「それはなぜだか解る?」
「分かりません」
「ケチのスケールが小さいのよ」
「ケチをするために更なる浪費をしているの」
「昼間お金の話をしたでしょう」
「お金はどれだけ集めてもそれはただ紙切れを集めているに過ぎないわ」
「でも実際にそのお金が有れば将来自分の欲しいものを手に入れることができる」
「人間は将来欲しいものに備えてお金を貯めるんだけど、その貯めている間は使っていないから、そこは気分だけの問題なの」
「お金の無い人は幾ら働いてもお金が無いと騒ぐけど、それは少し上の、手が届きそうな小さなものに対する比較から来ていて、お金がないから不幸ではないのだけど、それを不幸だと思ってしまう、また時にはその為に思うことが出来ない、これは運命だと思ってしまう事があるけど、それは本当にそうかしら・・・」
「ケチの極意」・4に続く
※ 本文は2010年、yahooブログに掲載した記事を再掲載しています。