2020/10/09 18:12

珍しい男が訪ねてきた・・・。
もうかれこれ20年以上前に一度会ったきりだったが、かつては商売上敵の立場だった男で、この時は某航空会社飛行機の機内通販の権利を巡って熾烈な競争をし、しかも私が敗退した相手だった。
 
彼は当時から政治家でも有ったのだが、政治家と聞くと何が何でも叩き潰したくなる私の性には理由が有った。
20代前半の頃だったろうか、衆議院選挙のおり、区長から支援しなければならない候補者が来るので、沿道で迎えてやってくれないかと言われ、両手が不自由な親友を連れて出かけたときの事だった。
 
並んで迎える私達住人の列に、順番に笑顔で握手をしながら近付いてきた、その元スポーツ界上がりの候補者は、私と親友の前まで来て、そして上から見下ろすようにしたかと思うと、私達を飛ばして隣にいる住人からまた握手を始めたのだった。
 
確かに仕事中、着替えないで首の破れたトレーナーを着ている貧相な男と、誰が見ても両手が動かない事が解る障害を持った冴えない男など、相手にしなくても彼は充分選挙に勝てた事だったろう、でも私はこの時から政治家が嫌いになった。
 
私は生まれが貧しく、心が狭いこともあって、金になる事は憶えていなくてもこうした金にならない事は絶対忘れない。
どうしても勝てなかったら1秒でも長く生きて、葬式で棺桶に砂を投げつけてやる、と思ってしまうところが有り、今でも政治家と聞くとどこかで対立しか考えていなかったりする。
 
「珍しいな、久しぶりだがどうした・・・」
彼は私より10歳以上も年上だが、私はかつての敵の立場で彼を部屋に通した。
「まだあの時の事を怒っているのか・・・」
「ああ、自分の夢を叩き潰されたからな・・・」
 
茶を入れながら、目を合わせない私に彼は頭を掻きながら「仕方が無いな・・・」と言うような顔した。
「あの時は俺より先に、あんたがイギリスのブランド会社から既に裏切られていた」
「そうかも知れん・・・・、だが今日はわざわざ昔話をしにここへ来たのか、本題は何だ」
何か言いにくそうにしている彼に茶を勧めた私は訪ねた。
 
「実は政治から足を洗おうと思って・・・・」
「政治家に飽きたか・・・」
「ああ、ほとほと嫌になった、今度支援者を集めて引退する話しをしようと思う」
「で、それと私に何の関係が有る・・・」
「あんたに頼みがある」
「何だ」
 
こう言う無愛想な会話が続いていたが、要するに彼は色んな理想を描いて政治の世界に入ったものの、その現実は利権と金、それに嘘の塊で、その中でいつかと言う思いもなくなって来たと言う事だった。
 
「事業にも成功し、政治家としてもある程度の地位を築いていて、それ以上は贅沢と言うものではないか・・・」
「面白くない・・・」
「この世に面白いこと等有ったのか・・・」
「あんたと張り合っていた時の事が忘れられない、だから政治を辞めて今度はあんたと組みたいんだが、どうだ」
 
「それは・・・、信じることが出来ない」
「金なら出す」
「1億積まれても、その後で2億もって行かれれば同じ事だ」
「なら、どうしたら俺と組んでくれる」
 
「担保を付けてもらおう」
「担保?」
「そうだ、あんたが絶対裏切れない人物をもう一人付けてもらおう、話はそれからだ
「あんた、昔とちっとも変わらないな・・・」
 
彼はそう言うと、次はもう一人保証人を連れてくると言って席を立ったが、せっかく遠くから来て何の益も無く帰るのは不本意かも知れないと思った私は、コンビニ袋に今年大豊作だったサトイモを入るだけ詰めて、彼に渡した。
 
「お互いもう結構な歳なのだから、妙な夢は見ない方が良い・・・」
クラウンの窓越しにそう言う私に、「あんた若い頃、いつか世界を相手にって言ってたよな」
「俺はフランクフルトに拠点を持って、世界中につてができた、あんたが加わってくれれば小さくても世界に挑戦できるような気がするんだ」
 
「馬鹿な、私にそんな力など無い・・・」
「奥さんはどう言っている、政治から引退する事をどう思っている」
「あれは、初めから政治なんか大嫌いだった、選挙の時は何時もこれを最後にしてくれと言われ続けてきた」
「そうか、じゃこれから奥さんに尽くしてもバチは当たらんのではないか・・・」
 
「俺はもう長くない」
「精々動けるのはもう10年有るか無いかだ、最後にもう一度夢が見たい」
「本当の大ばか者だな・・・・」
 
暗闇の中、走り去っていく車のテールランプが山の陰に消え、厚い雲に覆われた暗天を仰ぐと、心なしか若い頃には何時も動いていた、しかしもう長い間止まっていた何かがグラグラと揺れたような思いがした・・・。
 
さてさて、先は分からないがもしかしたら私自身もこれが最後の大ばか者をやらなければならないかも知れない、いや、心のどこかでは既にもう大ばか者になっているかも知れない。
 
どうしてこうも穏やかに生きるのが下手なのだろう・・・。

 

 

[本文は2014年19日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]